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ある歌人の死


4年前、2017年6月8日に、32歳で自死した歌人、萩原慎一郎のことが気になっている。初めての歌集『滑走路』の出版直前に亡くなってしまった。いじめが原因で、精神的不調が続いていたとのことだが、どうして自己表現を精励していて、「生きる」意欲を失ってしまったのか、もどかしい思いがする。
いったい、わが国の「短歌・和歌」というものが、「万葉集」の昔から、『サラダ記念日』の俵万智まで、連綿と続いているのか、どうして廃れてしまわないのか、不思議である。また「詩」とどうちがうのかも。それで、藤井貞和の『〈うた〉起源考』を読んだりしているが、まだはっきりしない。どうやら和歌は、恋心を歌う手段が中心だったようにも考えているが、戦後の前衛短歌などは、もう思想表現に傾きすぎている。その岡井隆も92歳で死去した。台湾で起業している佐野弾も和歌を作っている。そして、去年11月には、穂村弘は「短歌は生きるための武器になる」と発言しているが、萩原慎一郎は死んでしまった。

事実、かれは短歌によって支えられ、苦境を越えてきていたのだ。

抑圧されたままでいるなよ ぼくたちは三十一文字で鳥になるのだ

あれでない、これでもないと彷徨える言葉探しの旅だ、歌作は

歌一首湧いてくるなり柔らかい心の部位を刺激されつつ

かっこよくなりたい きみに愛されるようになりたい だから歌読む

そして、また哲学書を読み、知的に強くなろうとしていたのだ。

プラトンは偉大で 僕は平凡だ プラトンの書を読みつつ思う

読書とは対話することだと書きし『方法序説』デカルトを読む

それなのに、社会の重圧、現実の空疎に負けてしまったのか。

路上音楽家の叫びむなしくだれ一人立ち止まることなく過ぎるのみ

この街で今日もやりきれぬ感情を抱いているのはぼくだけじゃない

箱詰めの社会の底で潰された蜜柑のごとき若者がいる

和歌的抒情に頼りすぎ、散文の論理力に弱かったのがいけない。そういう風には割り切れぬものを感じてしまう。「国語」の可能性を見極めて、豊かな言語生活を生きたいと思うわたしには、ちょっと看過できないことなのだ。かれの歌集の中で、わたしが一番気に入ったのは、下記の一首である。

靴ひもを結びなおしているときに春の匂いが横を通り過ぎて行く

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