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 高句麗語 ありがとうございます。

 書いても書いても、書ききれない体感と感覚に…気付き 合点が行くことが、また何かにつながって……今までと全く違う 新しい はじめての高句麗伝説と感じながら……その空間とか次元はどこか知っているというような……不思議な感覚になりました。
 一つ一つの楽器が高麗さんの詠まれる詩とともに身体のそれぞれの場所に入ってくるというより、突き刺さるように入ってくる体感 確実に感じたのは、太鼓の音は、胸の奥の方 パイプオルガンが頭に入ってきた時には飛び上がるほどびっくりしました。
 アンコールのお父様の詩の時には、高麗さんとお父様の関係とか記憶であるのに、はじめて自分が父に背負われている夕暮れ時を感じ……かと言って自分の父という事でもないような……不思議な不思議な体感で、はじめてと感じる高句麗伝説が終わり……何も無い 
 何もないという感覚に…自分は何も感じないからダメじゃんとなって、心が…気持ちが翳っていくのを感じていたら……上手くは言えないけれど……内なるものを疑わない 信じる……というような言葉をふっと感じました。

先生がいつも、講座やコンサートで内面を広げて下さると、そこに、自分に対するダメだしや不安や恐怖から、サラサラの砂が流れ込んできてだんだんと重くなっていく…そうやっていつも内面が狭くなっていく……何かにはめられて唯一無二と思い込んでいる現実に窮屈で息苦しくなるから、その砂を掻き出そうとするけど、サラサラだから掻いても掻いてもすぐ埋まってくる。どんどん埋まってくるから、不安や恐怖に煽られて…どうするこうする ああやれば こうやればと方法論で不都合や不具合を解決しようとすると、また新しい砂がサラサラ入ってくる……力任せに掻き出そうとして力んでどんどん体力を消耗していくという……サイクルのようなものをはじめて感じました。

 唯一無二と思い込んでいる現実が、全体の一部で圧倒的に周りの方が広い広い空間 次元という事に気付く 感じられると、全体とつながるとか、生命一つという事 境が無い 自由 不安や恐怖にはめられて不都合 不具合に一喜一憂することなく そのままありのまま受容れられる 内なるもの 内なるもののちから いのちのちから 疑わない…信じる事……と感じ言葉になりました。
 『高句麗伝説は感性と理性を養う』という事をふっと感じました。
 ありがとうございます。

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