「高句麗の旅」
高句麗の風に触れたい気持ちが叶い、高麗屋さんでの「高句麗の旅」へ参加することができました。東北から帰り、いだきしんサウンドシステムから響く先生の音に、今まできこえていなかった響きを感じられ、はっとし、誰もいないのに誰かと真に会えたようで、しあわせを感じます。
未だ言葉をはなさなかった時の触れた空気や包まれた安心感、水のなかの木漏れ日にいるようであったり、遠くにいてみまもったやさしいまなざしだったり、いろんなことがよみがえっていました。
高麗屋さんの空間に高句麗の地と音が流れた時も、今までに触れたことのない音がきこえてきて、先生の撮影された映像をみているだけで、いのちのなかに風が吹きました。何もかも全く違うように身体に届くのです。何度も涙した「天女哀歌」にも、えっ何 何 。。。っと、感じるほど、違う音、今までにない心に触れ驚きました。高句麗の地の風、風にゆれる草木、花々の香りまで今ここにあらわれるのです。高句麗古墳群の地につくと天と地が筒抜けていて、清らかで、鳥の声がどこまでも響き、やさしく、先生と高麗恵子さんとの出会いを語ってくれているように光がハレーションして動いていました。
東北の応用コースにて、どう死をむかえたかが、そのまま時が止まり残ることを知り、真に子孫のために生き続けた高句麗人の存在は、どんどん動き、終わってはいなく、空間にそのままあるのだと、新たに経験し、「高句麗」はすごい。。。です。東北から帰り、ねむたいばかりのワタシに、今とこれからをどう踏み出し生きていけばよいのか、そのまま伝えて下さいました。そして、丸都山城の石垣にあった瞬間、全面に真正面をむいて自然と合体している沢山の人々が顕われ、「アンタが動けば、オレたちみんな力になるぜ」っと言われたように感じ、びっくりし、力が湧きました。
高麗恵子さんが淹れてくださった高麗屋さんのスペシャルコーヒーは、最高においしくて、力が湧きました!今、この時に「高句麗の旅」に参加させていただき、たいへんにありがとうございました。
