「高句麗」復活、日本、東洋から宇宙へ。
高句麗の歌からはじまった いだきしん先生の音楽はどれも未知の世界へ誘われる経験で、内面からワクワクする気持ちがこんこんと湧き出しました。一方で高句麗が滅ぼされ、悲しみの内に日本に亡命し、東に追いやられ、武蔵野に移り住んだ高麗人たち。その直系子孫である高麗さんが先生との出会いから40数年後にこの日を迎え、先生の存在を通して宇宙の生まれる前と繋がり、滅亡し天を断たれた高句麗が「今」、復活するという奇跡を見事に即興で詠まれたと感じました。
高句麗が天を断たれたことで東洋全体が「玄」を切られていたと解明された いだきしん先生によって、約1300年後の今、天遥か彼方を取り戻した高麗さん(=高句麗)。先生が倒れられてから今日までの高麗さんが毎日「ある何か」に向かって生きておられるのを「出会いの一日」開催からずっと感じてきました。その高麗さんの徹底した素直さでその葛藤、産みの苦しみを毎日絶えず表現されていたと推察します。高麗さんは終演後の私のインタビューに答えて「『存在と一つ』を詩に表せた。無我夢中だったから」と喜びを語られました。これまで「人間とは」を先生の人生でお聞きし、また昨年の先生の復活で目の当たりにしましたが今回は高句麗伝説で高麗さん(=)高句麗が復活したのがよくわかる経験の一日でした。
1988年に音楽の友ホールでライブ録音されたCD「高句麗」。その少し後に、高麗さんに、続けて平成元年になっていだきしん先生と出会う巡りでした。「埋もれた魂の復活 新しい時代の胎動」とタイトルがつけられ、先生がCDのリーフレットに「現代人である我々が、今、どうしても取り戻さなければならない、人間としての魂を伝えていると思います。」と書かれた意味を知りたいと当時から考えていましたが、漸くその日を迎え自分自身にとっても大変大事な一日でした。
ウクライナの方々も言葉は通じなくともこの先生と高麗さんによって実現された偉大なる現実の中に自己の存在をしっかりと捉えておられるのが、高麗さんのインタビューで伝わりました。母国が米露によって益々難しい選択を迫られる中、失った「玄」を取り戻す高句麗伝説は鋭い感受性を持つウクライナの方々にもこれまで以上に心の奥に迫るものがあったのではと感じます。
1300年前の出来事を時空、次元を超えて解決していかれるいだきしん先生の存在、先生が演奏される様々な楽器での音楽を生命感応で同時進行で即興詩に詠まれる高麗さん、世界を変えるとはこういうことかと今は腑に落ちますが、お会いした当時は全く想像だにできませんでした。この偉業を世に伝えるということほど難しいことはないと捉えますが、事実がわかればわかるほどやるべきことははっきりし意志は磨かれます。高句麗伝説を終えてから二日間考え続けてきてやっと時空を超越した宇宙、世界内に我が身にも起こった現実を理解します。
いつも筆舌に尽くし難い尊い愛のフィールドをありがとうございます。
