「社会的な信用ゼロ」
昨日の「大安」の転居先決定の件は、保証人がないので、ダメ(になりそう)。最初から、そのことは言っていたのに、仲介業者が安請け合いしたのだ。それでも、「ほんとうに兄妹も親戚もないのか」と再確認するので、少し腹立たしかった。そして、かつて仲間に、「信用ゼロ」だとバカにされたことを思い出す。ほんとうに、わたしは「信用」ない人間なのか。
家族や貯金がなければ、信用されないのか。高齢の一人暮らしは、相手にされないのか。もちろん、そんなふうに思うことはやめるべきだし、わたしを信じ、支援を送ってくれる人が多いことを疑わない。そして、なによりも間違った思考や行動をしているとも思わない。さらに、こんなことでくじけない自信もある。「世間のクレジット」に負けてたまるかと息巻いている。