KEIKO KOMA Webサロン

「先生」


先生、3日間の焙煎ありがとうございます。先生、高麗さんのいらっしゃる3日間は大変濃厚な3日間となります。
先生のお話くださることは、自分と向き合う大きな一歩となります。
私は小さな頃からサッカーをやってきました。その業界の中でも、さらに特殊な環境の中で大人までサッカーをしてきました。その癖や考え方というのは固定されたものとして体に残ってしまっています。先生がお話くださると、長い間自分が当たり前だと思ってきたことが当たり前ではないことに気付かされます。自分がサッカーを教わってきた人というのは、自分がサッカーでプロになれなかった延長でコーチになったような人間でした。サッカーの指導というのも、自分が考えているサッカーが正しいと思い込み、それを子供に強制させるような指導でした。現役の頃、自分が目指していたサッカーというのがあり、それが最高のものだと証明したいがために指導をしているようなコーチでした。他の業界のことはわからないので、サッカーという業界でより話せないのですが、サッカーという業界には自分が現役を引退した延長で、コーチを始める指導者というのは沢山います。自分もコーチと呼ばれる立場になったことがありますが、それも現役の延長でした。それはどういうことかというと、コーチングのプロではなく、現役を引退してしまった人ということなのです。それが当たり前になってしまうと、常に探求し続けていくという生き方ではなく、諦め生きることが当たり前という体質になっていきます。今考えてみると、サッカー以外にも習い事と呼ばれることはいくつかしてきましたが、どの指導者も熱心には指導してくれませんでした。時より熱心になることは自分が正しいことを証明したいという、ズレた熱心さでよりありませんでした。
いだきしん先生は、今まで自分が先生やコーチと呼んできた人とはまるで違う存在です。そういう意味では「先生」と呼ばせていただいていますが、「先生」ではない存在として捉えてきていました。しかし、本当の「先生」はいだきしん先生であると感じます。今まで自分が指導を受けてきた先生やコーチというのは、本当の意味での先生やコーチではなかったと感じるのです。今日から同じに「先生」と呼ばせていただいても、今までと違った「先生」と呼ばせていただけそうなことが、何より嬉しいのです。
先生はお話の最後に歩き、考えることをお話しくださいました。今日から歩き、考えていきます。
ありがとうございます。

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ヤルガッチャフェ
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京都高麗屋にて
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