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尊厳あるいのち


京都のコンサートでの経験から、アントレでのお話を違う視点から見られるようになりました。
以前、先生と高麗さんに尊厳ある生と死について表現をさせて頂いたことを思い出し、自分が表現したことにも関わらず、どうしてあの時の中心からぶれてしまったのだろうと考えました。結局自分は尊厳という言葉をきちんと落とし込めていなかったのだと京都コンサートのいのちを経験して解りました。

尊厳…中心が定まること、自分の足で立つということ、自分自身で在り続けるということ
この尊厳が解らないから、いつも自分の中にあいまいさが起きてぶれていくのだということが良く解りました。尊厳ある生があり、尊厳ある死があること。本当の意味で生きるということ。根源的な学びを経験させて頂きました。

まっさらな時代、チケットを通して経験する、激流のような変化を感じています。
前は説明をしてお誘いする感じでしたが、今はすんなり話が通ってしまうか、まったくかすらないかに二分される気がします。淘汰が始まっているようで、ある意味恐ろしいと感じます。

計算が通用しない時代、16日の狛江の高句麗伝説のチケットをお渡しした経営者の方とは初めてお会いしたにも関わらず、高句麗伝説に向かうためお店のカギを閉めている時に踏切の向こうからその方の車がやってきて、窓が開き「あとでね」とその経営者の方があらわれ、連絡先もご存じないその方との計算もできない偶然の一致に驚きました。

今度の10/1の三鷹の高句麗伝説にご一緒する初めてのお客様で、ちょっと普通と違う体を感じる方と流れで高句麗伝説の話になり、先方から「高麗神社ってご存知ですか?」と聞かれとても驚き、先の経営者の方からも高麗神社の話を聞いていて、先生や高麗さんも訪れていらっしゃることもあり、不思議な流れを感じています。そこから高麗さんのお話になり、お客様のご両親どちらかが高麗神社の辺りの方で、高麗姓の方がお嫁に入られていると話され本当に驚きました。ご参加は即決されました。

周りも自分も様々に浮き出ていることもあり、炎からのメッセージを心に刻み、尊厳ある生を生きられるように自分を律すること心がけます。ノイズ多き在り方、申し訳ありません。心よりありがとうございます。

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マドリード展示会場より
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