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「趣味」


自己紹介のとき、「趣味は何ですか」を語らねばならないのが苦痛だと、その女性は言う。家庭内暴力で「引き籠り」で過ごした体験のある双子の姉妹の一人。「趣味なんて持つ余裕もなかったのに……。」と下を向く。そして顔を上げ、「ところで英語ではどういうのですか」と聞いてくるので、今度はこっちが下を向く番に。(なんと請われるままに「英語」と「算数」も教えている。)
「Hobby」とすぐに思い浮かぶも、それは切手集めや園芸のようで少し違うようだし、「Taste」ととなると、なにか味感覚のような、とりとめもないものになってしまう。いつか「存在論」で聞いた、カントの「趣味」は、ドイツ語の「Geschmack」の訳だそうだが、理性や論理を越えた、人類の「普遍妥当的価値」を意味するとか。これもうまく語れない。
実は今日も六甲山系の山歩きを楽しんできた。もう山つつじの濃い紫色の花の群落が心に染みるように迫ってきて、心の奥まで明るくなってしまう。一方街は桜の満開で、授業の後、彼女たちと「お花見」を楽しむ。ところで、わたしは、「山歩き」が好きだが、それを「いいご趣味をお持ちで」なんて言われるとムカッとする。「仕事・職業としてでなく、個人が楽しみとしている事がら」という辞書の意味も違うと思う。また、「好みの傾向」もピンとこない。考えると、実にいい加減に「趣味」という言葉を使っていて、「趣味」を持つのが当然と、人に迫っているようにも考えられる。「自閉症」の彼女が苦しむのもわかる。
もしかしたら、「趣味」は、とんでもなく内面深くから出てくるものであり、他者のそれとは簡単に一緒にできない、魂の発露であり、輝きであり、闇であるのかもしれない。そして、どうも英語にうまくならないところにこそ、「趣味」の真義があるように思った次第である。

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レバノンから
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実現のとき