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「自分の春」


竹西寛子の『管弦祭』の中に、「ここでの花見を毎年自分の春にしてきた者も少なくはないのだった。」という叙述があり、いいなあ、と思った。東京は桜が満開になったとか。しかし、芦屋の「桜通り」は、まだ開花に至っていない。いや、今日の陽気で咲いたか。午後から風が強く、複雑な推移の中にある。ただ、窓の向こうのマンションの壁が夕日を受けて輝いていて、それでも春なんだ、という思いを持たせてくれる。とても困窮した三か月だったけれど、やっと乗り越えられた気分で、まさに「自分の春」を楽しんでいる。そして、こうして「金銭的な苦境」にめげず、何とか抜け出していく道を見つけ、心身ともに若々しくいられることは、もう「いだき」のおかげと感謝している。これは決して追従ではない。現に、ニーチェを読んで、いろいろ「質問」を研究者にできたし、数学者の本を読んで、新しい教材を創作することが出来た。また、知人の自虐趣味や虚無主義の同情しないで済んでいるし、生徒たちの笑顔と情熱に出会うことが何よりもの楽しみになっている。さらには、収支バランス表を作り、分析し、どうすれば脱出できるかの見通しも見えている。心身ともに波動のようなものを感じる。少なくとも「黒い光」は出ていないと思っている。いい春だ。自分の春だ。

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ウラジオストクにて