IDAKIに出会う流れ
17日の三鷹コンサートと18日のジェンダー講座に参加させていただきました。
コンサートで、会場の手拍子と共に演奏されたアンコールの後、先生は舞台中央に立たれ、両手を合わせて口元に添え、会場の私たちを慈しむ様に、喜びに溢れていらっしゃるような温かい眼差しでご覧になり、高らかに一言
「五女山で会いましょう!」
とおっしゃると、ひらりと身を翻してピアノ前に座り、五女山を表現してくださいました。
今、このときにも五女山は存在し、同じ夜に包まれ、100色の風が吹いているのでしょうか。
ジェンダー講座では、先生が言葉にされた言葉一つ一つこそが「真の言葉」と感じ、ノートを取りながらも、時に真っ直ぐ先生を見て響きをそのまま受け取ることに努めました。
三鷹コンサート第2部のメッセージ「生きられる力」が、実は「Heil」であり、「ハイル・ヒットラー」を連想させるために使えなかったことを伺い、なるほどと感じながら、聞き手にどう受けとられるか?社会ではどういう位置にある言葉なのか?を十分吟味して言葉を使う慎重な態度について学びました。
日付が変わって昨日になりましたが、結工房でコーヒー豆の袋詰めを手伝わせていただきました。
先生からうかがった「Heil」を目指して働ける場をいただけていることが有り難く、よりよく動けるよう考えながら努めました。
先生がコーヒー豆のために演奏されたピアノの音を聞きながら、先生が焙煎された白いコーヒーの香りを身体いっぱいに浴び、結工房で働ける巡りは、ただ事ではないことと、今書き込みながらひしひし感じております。
「流れ」について、先生は様々な角度からお話くださいました。先生がお話されたこととずれていたら申し訳ないのですが、私のノートには、
「結局、何が流れているのかこんがらかっちゃっているのが現代人。けれども人類が滅ばないで、ちゃんと未来に繋がっていく流れもある。新たな流れが自然界にあるので、自分のいのちでキャッチして、その流れに乗ればいい」
と書いてあります。
そして、自分の世代について、統計の結果からどのようなことが言われているか調べて見るといいと教えていただいたので、先ほど調べました。調べていて、自分の生き方の指向が、実は生きてきた時代の流れによって作られていることに気づきました。
そんな中、自分の実感としてある流れは「アレルギー体質の増加」です。私が子供の頃は周りにはあまりいなかった「アトピー」「ぜんそく」の子どもが、今は当たり前のように「うちの子も」「うちの孫も」と聞くようになっています。
私は、この自分のアレルギー体質のおかげで、IDAKI講座に導かれました。病院や薬ではどうしようもなかった身体のお陰です。
身体の現実は、まだ「Heil」ではないことを教えてくれていますが、「Heil」の状態を体感できる身体でもあります。仙台高麗屋さんで先生がコーヒーを淹れて下さった時、芯から身体が温まり、あれこそ「Heil」と分かります。コンサート中も「Heil」と分かります。講座の時もです。
こうやって分かり続けて行くことができるIDAKIの活動に、心より感謝いたします。
「五女山の愛」のメッセージを読まれた時の高麗さんの声が胸に響き、高麗さんが喜んでいらっしゃることが嬉しくてたまりませんでした。
コンサートメッセージを書き取った私のメモには
「紀元前から三鷹で」「消え入りそうになりながらも今日まで続いて」「真の人のいのちの奇跡を見る思いです」「今日を始まりとします」と書いてあります。
高句麗の愛の精神を、脈々と受け継ぎ今日まで繋ぎ続け、現代、現実に顕してくださっている高麗さんに、心より感謝いたします。
ありがとうございます。