美しい光景
迎賓館の玄関に入る時、目に飛び込む青々とした若葉の輝きに心吸い寄せられ、中庭にてお客様をお待ちするひと時、青い空に木々の緑のコントラストの美しいことに心底感動し、魅せられました。5月の木々の輝き、若葉が青々と輝き、新しい生命エネルギーが萌出づる光景が子供の頃から最も好きなのです。今日も深く感動し何故に、これほどまでに魂震える程感動し、魅せられるのかと考えました。目に飛び込む若葉の輝きが私にとって最も「美」を感じるのです。新しい生命が生まれる瞬間瞬間の光と感じます。
昨夜は予期せぬ苦しみに襲われ、しばし休まないと動けない程気持ちが悪くなりました。今日も胃が痛んでならず、考えました。昨日も今日も自分には全く心当たりがありませんでした。子供の頃に癇癪持ちと言われた状態と同じであると自分では感じていました。何故癇癪を起こすようになったかの原因を胃の痛みから考えました。親戚や家族の中では有名な話となりましたが、七五三のお披露目の時に、着物を着せられ,髪にかんざしを付けられ、親戚中、近所中を挨拶周りに連れていかれた時、気が狂う程の苦しみに襲われ、耐えられずに、かんざしを抜き取り、畳に投げつけ、投げ飛ばしたのでした。8畳間が3つ並ぶ部屋のはじからはじまでかんざしが飛んだと後から言われる程、手がつけられない状態であったことを私自身も家族もよく覚えています。自分も3つ並ぶ部屋の向こうまで投げ飛ばしたい気持ちで投げたので、このように言われたことも未だによく覚えています。気に入らない着物やかんざしを買ってしまったことは申し訳なかったと皆で話していたということを兄弟から聞きましたが、理由はそうではなかったのです。霊魂が襲いかかり、堪え難い苦しみに襲われたのです。今日は、何故かこんなことを思い出すのでした。
先生が淹れてくださったお浄めコーヒーをいただくと、胃の痛みがやわらぎ、気づけばなくなっていました。一体なんであったのかと考えます。
演奏がはじまり、第一音の音に深く感動しました。この音が生きる力。この音が地球の希望。地球上のあらゆる生命が生きていける音と心の中では涙、涙でした。そしてこの音は先ほど魅せられた若葉の輝きと同じ図形に見え、私は、木々の木立の中に居るようでした。最も生命やすらぐ時を経験します。一音は、まあるい緑の光であり、全ての光が融合した新しい光でありました。地球が新しく生まれ変わるような光景が見え、地球の生命とひとつに私も生まれ変われる清々しい気持ちに包まれました。そして突然、内面にある光景が見え、号泣すると同時に、「高句麗滅び。。。」と声を出して詩を詠みそうになり、急いで口をふさぎ、こみ上げる涙を押さえ込みました。「高句麗伝説」と間違ってしまったと大慌てをしました。見えた光景は高句麗の地から日本へ向かう船に乗った時の光景です。無念な思いが突き上げてきます。そして受け容れられ、「今」に融合しました。痛んでいた胃から飛び出てきた言葉です。私には裏に潜んでいた霊魂が出てきたように感じています。見える光景からこの霊魂は当時のことを鮮明に覚えていると感じ、悲しみ、悔しさ、恨みまでもが吹き出てきました。無限な世界に吸収され、光に変わりましたことには泣き叫びたい程胸が震えました。感謝してもし尽くせぬ感情が溢れ出てきました。ここで休憩となりました。この時の音は私が心臓の音と名付けている音でした。深く感動しました。
休憩後の演奏にて、再び突然、号泣する胸の動きに驚き、急いで抑えました。この時は、幼子のように泣いていました。七五三の時の癇癪を起こした時のように、霊魂が見えて怖くて一人で泣いている幼い頃の自分でした。目に見えない世界が見えることは気が狂うといつも苦しんできました。生きていけない苦しみでした。先生に出会えたので、今は普通に生きていれますことが私には奇跡なのです。
もう一度、突然胸動き、涙しました。歓喜の涙です。未知なる未来に涙しました。この感覚は、先生がアフリカの食料問題を解決する道についてお話してくださった時、自分では予期せぬ反応が起こり、おどろいた時と同じです。胸の奥深くから号泣する程突き上げる感情がありました。最もやりたいことと瞬時にわかりました。最もやりたいことを押さえ込み、幾重にも層になる程押さえ込み、押さえ込んだ層を打ち破るように涙となり本音が突き出てきたのです。今日の最後は未来に実現する本音に涙しました。裏側に潜むようにし隠れていた霊魂が総出となったようにも感じましたが、最後は裏も表もなくひとつでした。元々、何を持って表というのか、裏というのかと考えます。私の生まれつき受け継いだ運命の因子に「裏返し」と表現する状態がありました。裏返しという状態は、何なのかは未だによく話題にすることです。ずっと人生のテーマとなっています。今日の経験により裏も表もない状態を経験できましたことは私にとっては新しい人生がはじまります。いつも裏か表かという次元で生きてきました。裏側にひっこむとか表に出るという世界で生きてきました。真の自分は真の自分です。裏でも表でもありません。自分を疎外する見方、考えた方でもありました。新しい経験ができ、未来が拓かれました。
感動のコンサートを経験させていただき、私は自分だけがいつもこの恵に与ることは申し訳なく、世界中の人と分かち合いたい気持ちが強く生まれます。先生が焙煎してくださったコーヒーをいただいても自分だけがいただけることに申し訳ない気持ちになり、たくさんの方と共にこの喜びを分かち合いたいと望みます。これから世界中の人と分かち合いたい気持ちを表し、実行します。
青い空に緑色の輝きを放つ木の葉の美しい光景を眺め、見えた光景があります。先生をお迎えしている光景です。昔でいえば、新しい国を作る土地も用意し資金も人も準備したので、是非先生にお越しいただきたいと申し出て、お迎えに伺っている光景です。理由なく微笑み生まれます。これからの世では何をしていくのかと考えることは愉しいです。最もやりたいことを実現するこれからは、全てが急速に進んでいくと感じ、とても意欲が湧いてきます。ありがとうございます。