存在論 杉並公会堂にて
杉並公会堂での存在論を、ありがとうございます。
内面に何もなければ無限。自己自身は「無い」ということ。無いはずのものが「ある」物も、いだき講座で無くしてもらった受講生の内面は光であり、光は空間と一体。その生命で生きていけば、違うことができるのに。たくさん刷り込まれた経験、記憶、学んだこと、やってきたこと、やれたことがあるから、同じことを繰り返しやる。毎日、毎日、同じことを繰り返す。
無人な状態から、エネルギー湧いてきたら、それをやればいい。
自分のこと、無いから、大いなる存在と共にある。
記憶に従って、または習ったことで、日々演じているのだろうか。
無人 無いもの同士で愛が生まれる。何もない者同士。男女、歳、関係なく。
いだき講座2日目で、余計なものを取り除いてもらい、運命が無くなり、生命の光を取り戻し、その光は空間と一体化している。それが自分の生命である。大切なこと、やることに集中すること。余計なことばっかりやっていること。ウロウロしてるから曇っていくこと。余計なことをやって疲れてることはわかります。捨てられないものは何か?自分で見つけて、早く捨てられるように。質問させていただき、ありがとうございます。