考えるとは
高麗さんの書き込みを拝見すると、考えるとはどういうことか、たくさん教えていただくことあり、ありがたいです。
自分は胸が重いのは感じていましたが痛いとは感じず、感じることも曖昧にいい加減にしていました。すべてこの調子で、体感から鈍く感じることそのものが曖昧で、いい加減にしているのでした。
考えるとは 感じていることをはっきり感じ、繊細にも感じ取り、突き詰め わかり 変化変容し 次に進んで行くことで、堂々巡りみたいなのは考えてるとは言わない、ただぶつぶつ言ってるだけのなんというか非生命的なことでした。おおざっぱにくくってしまうのもいい加減の元でした。
あたらしい生命は頭もよく、感覚も、人格も、身体、身のこなし、行動、すべて飛躍的によい生命。活発で明るくひかり輝き、喜びあふれ、個別ではなく、大きい生命。いままでの生命とは違う。本日 武蔵野コンサート もとなる生命大樹を慕い伺います。