KEIKO KOMA Webサロン

存在に出会い、存在あらわる空間


この度は比叡山のお茶室にお招き頂きまして誠にありがとうございました。身に余るほどのたくさんの宝を戴いて夢のような時でした。
八坂で美しいお着物を纏った皆さんと比叡山にのぼり、高麗さんと先生のお出迎えに感無量となります。お茶室の建物は、とても気持ちよく、意識が介在しないで心はただただ静かになっていき、こんなふうに在りたかったと生命の要求を分かります。普段、生命を痛める場に身を置いていたことも分かりました。お茶会の順番待ちをしている間、先生がマーブリングの制作場をご案内してくださり、作業を素早く展開できるように設計されていること教えて下さいました。『素早くないと』と先生の表現される一言に、ぐずではいけない、と在り方を示されたように感じました。
お茶会は初めてのことでしたが、にじり口から入って高麗さんがすぐ近くでコーヒーを淹れて下さり、嬉しすぎて生きていてこの時を迎えられるとは、と魂の無上の喜びと感謝の気持ちで胸がいっぱいになりました。無というのか、要にあり、宇宙にいるような経験したことのない場でした。滋賀の木を使った天井のこと、お茶室について丁寧に教えて下さいました。お茶室はお茶室でも先生と高麗さんがプロデュースされる本当に特別な空間であること、世界戦略とおっしゃったことの意味が少し分かってくるようでした。語られるようにと高麗さんが生けられた芍薬のお花、「魂」と書かれた掛け軸は無言のうちに天命を分かることを促してくださるようです。静寂と深淵さ・・・小さいながらも次元を超えた空間あらわるお茶室という存在に日本の文化と精神性の豊かさを確かに感じ、高麗さんがおっしゃっていたことが分かりました。先生スペシャル焙煎のコーヒーは、飲んでいくうち何もなくなっていき、中心へ中心へと、お茶室のために沢山の、沢山の中から選ばれたお菓子とともにとけて何も無くなる、それでいて中心、要とひとつになっていくようでした。14日の三鷹高句麗伝説は、ただただ気高い精神を感じていて、静かで深い表現にいつしか高麗さんが桓仁県の地のことをおっしゃっていたこと蘇りました。静かなうちに姿勢が自然と糺され、世界の中心の柱で生きることが要と示されます。その時も感じた、源の光に出会う経験というのでしょうか・・・、あまりに嬉しすぎて感極まって言葉少なとなってしまいましたが、存在、ということが分かる経験で、生まれてきて生きてお茶室を経験できましたことが本当に有難くて、自然と御礼となります。さらに生命の光景を詩に書いてくださり、道を創る先の未来が見えました。ありがとうございます。
ビデオ講演会の後、先生と高麗さんと皆さんとで茶懐石を戴き、ひと口、ひと口が染み入るようにとても美味しく戴けました。先生のお話で礼節、形式上でない礼をきちんとできていくことでエネルギーが増えていくというお話がありました。戦後の政策で精神・魂を失われてしまって命が軽んじられすぎている社会になっていることもよく分かりました。高麗さんに気持ちのままに表現をしていくと素直に一番楽しくて好きなことを表現していました。場が違うと素直に表現が出てくることが嬉しいです。
自分は挨拶さえ出来ていなかったことを分かりましたが、お茶室を経験させていただくことで、自然と‘礼’と言われる状態が分かってきたり、 空談する気もなくなり、教えられずとも空間を経験して自然と身についていく場と分かります。
新緑の美しい時季、いだきしん先生 高麗さん 皆さまと集え、本当に盛りだくさんの幸福なひとときでした。帰り際に「悲願成す」の詩をいただいてまいりました。世界に先生、高麗さんのことを伝えていける人間になります。また、お茶会のお招きに預かれますように成長して参ります。
ありがとうございます。
今日の迎賓館コンサート、中継で聴かせていただきます。

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東京高麗屋にて
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工房にて
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多賀城文化センターにて:1