宇宙を抱き
第一部「宇宙の核心」
宇宙は、ただ物質が広がっている空間ではありません。
星があり、銀河があり、光があり、闇があります。
しかしながら、その奥にある核心は静かです。
無から有が現れ、有が関係を結び、関係が響きとなり、
響きが生命へ向かう。
この運動です。
宇宙の核心は、固定された「中心点」ではなく、
ひらき続ける中心です。
ビッグバンのように一度だけ爆発した過去の出来事ではなく、
今もなお、あらゆるところで起こっています。
光にも、
胎児の発生にも、
皮膚が世界に触れる瞬間にも、
心臓の鼓動にも、
肝臓が毒を分けるはたらきにも、
そして一音のピアノやパイプオルガンが鳴る瞬間にも、
宇宙の核心は現れています。
宇宙の奥にはすべてを壊す力よりも深く、
もう一度ひらかせる力があります。
宇宙の核心は、生命がもう一度ひらく力です。
第二部「身体を取り戻す」
「身体を取り戻す」とは、単に健康になる、元気になる、鍛える、
ということではありません。
もっと深いところで、自分の生命が、自分の内側に戻ってくることです。
現代は、身体が奪われています。
情報に奪われ、速度に奪われ、評価に奪われ、国家に奪われ、
市場に奪われ、恐怖に奪われ、欲望の操作などに奪われています。
すると人は、身体があるのに、身体の中心にいないという状態になります。
目は見えているのに、見えていない。
耳は聞いているのに、聴いていない。
皮膚は触れているのに、触れられていない。
心臓は動いているのに、鼓動を感じていない。
足は地面に立っているのに、未来に向かっていない。
ここから戻ること。
それが「身体を取り戻す」ことです。
「身体を取り戻す」ということは、個人的な癒しにとどまりません。それは、
戦争に対する抵抗であり、
消費社会に対する抵抗であり、
人間を数字や機能にしてしまう文明に対する抵抗です。
同時に、未来のはじまりです。
なぜなら、未来は頭の中の計画だけでははじまらないからです。
未来は身体が動き出すところからはじまります。
昨日のアントレプレヌールサロンのお話を今日は体験できると楽しみにし、このような経験ができます人生に感謝し、今日のコンサートを迎えました。府中の森に行き、木のメッセージを聞くと、一気に上昇、飛翔するエネルギーに満ちていることを教えてくれました。宇宙空間に存在するという状態でした。コンサートメッセージ第一部のタイトル「宇宙の核心」を読ませていただき、広い空間に身を置いている体感となりました。ピアノもパイプオルガンの演奏も今までにない不思議な体感でした。音は空間に鳴りながら、内にあるという状態で、空間と自分の生命はひとつでありました。頭の枠やこだわり、隔った思考、固さ等々が自然と壊れているようでした。心地よい音が続き、ただ聴いているだけで心地よく、何も頭にうかばないことが楽でした。時折、音のメッセージをわかろうとする意識がのぼりますが、本当はただただこのまま聴いていたい気持ちでしたので、身を任せていました。気づけば、私の頭も生命も覆うものはなくなり、枠もなく、宇宙を抱いているような感覚になりました。まさか、と思いましたが、ルーマニアでの記者会見の時に先生が質問に対して答えたお言葉を思い出しました。即興演奏で何を表現しているのですかとの質問に対して、「人間の心は宇宙より広いことです」とお答えになりました。今日の体感は宇宙を抱いているようでしたので、宇宙よりも広い心を感じたのかと考えました。広大な宇宙空間で生きる生命を感じました。この世で作り作られた枠は宇宙空間と感じる空間では溶けていました。克哲さんの「食と健康」の講習会の時にふと気づいたことは生きる為に懸命にはたらいてくれている生命のはたらきを生かさずに反している生き方により、体を悪くすることです。いだき講座にて教えていただき、自分でも本音で生き、今までもそのように考えてきましたが、今日のお話で免疫細胞のお話を聞いている時に合致したのです。コンサートで宇宙空間を感じた時、人間が作った社会、道徳、倫理観、何が正しいか悪いか等々が生命のはたらきに反しているので、生きる為にはたらいている生命のはたらきを生かせずにいることは滅ぶよりないとわかります。メッセージの言葉「宇宙の核心は固定された中心点ではなく、ひらき続ける中心」「宇宙の奥には、すべてを壊す力よりも深く、もう一度ひらかせる力があります」は希望です。今までの世界の限界を突破するメッセージに自然と生命の内奥を感じていました。
第2部のメッセージはすべての表現が図星であり、詠みながらそうです、と相槌を打つ自分がいます。すべてにおいて見事なまでに人間の在り方を的確に表してくださり、自分の状態をよく知ることができます。「身体を取り戻す」ことの意味もわかりました。「もっと深いところで、自分の生命が自分の内側に戻ってくることです」を経験しました。自分の身体を取り戻すことは個人的な癒しにとどまらず、戦争に対する抵抗であり。。。と続く文章に抜け出し口を見出しました。未来は身体が動き出すところからはじまります、と締めくくられたメッセージはこれからの生き方と教えられました。見ても見ていない、聞いていても聞いていないとはよく自覚することですので、演奏をお聴きしながらもこの状態のことと自覚することが多かったです。子供の頃からの癖というか習慣がそのまま現れ、そのことの意味を考える気力もなく、身を任せ演奏をお聴きしていました。このような言い方をして良いのかわかりませんが、ただただ心地よい演奏を気持ち良いままにただ聴かせていただくだけならこんなに楽しく楽なことはないと感じるのです。今日はわかろうとすることもやめました。ただただ気持ち良く聴かせていただきました。演奏が終わった時、自分がどこにいるのか、ここは何をしている場所なのか、考えないとわからない程にホールにいながら別次元に居たような感覚でした。ワインのコルクの栓が抜けたような感覚になりました。頭にはまりこんでいた栓が抜けたようでした。気を遣ったり、やらねばならぬ意識で身についた動きはやっていられなくなりました。帰宅した今は体に圧がかかっていたような感じがあり、圧がとれて疲れが出ています。解放され、大きな変化が起こっています。2部のメッセージを詠ませていただいた時に、鼓動を感じ、一言一言を鼓動を感じて発すると、その声で体が整っていくことを経験しました。正確な音を声に出すだけで体が戻ってくるとも感じ、うれしい経験でした。大きな変化が起こるとてつもないことが行われましたコンサートを大変ありがとうございます。一人一人も大きく変わり、世界も変わります。
明日の高麗屋での催しが楽しみです。ありがとうございます。
