8日の旅
思いがけず夜勤を代わってくれる人がいたので
えいやっとばかりに
8日の朝6時、新潟港から佐渡汽船フェリーに乗っていました。
船内のとぎれとぎれのテレビにトランプ大統領の演説が放映されていました。
8日朝9時(日本時間)期限の声明で、
こんな時に私は佐渡に渡るのかと 緊張しました。
佐渡島に着くと、レンタカー借りないと動きようがない島であることがわかり
(私はしばらく車に乗っていないので免許は不携帯)また呆然。
8日は朝から全島のあちこちでお能が開催されていたのですが、その場所やスケジュールは
現地に行ってから旅館の人に聞いてくださいとのことで
とりあえず来てみたけれど
バスはあってもバスで行けないところばかりで動けず呆然。
かろうじて世阿弥がいたお寺の腰かけた石だけ見て、
世阿弥作といわれる能面を拝観できますかと聞いたら「できません」と
すげなく断られ、なんにもない田舎のカエルの鳴く道で、
桜もちょうど見ごろで大自然はやたらに美しく
その中でしばし呆然。
島流しにあった人のここちを想いめぐらし味わいました。
とても辺鄙なところだけど
どんなことがあっても 美しい自然がある場所にたどり着いたなれば
そこで働いて生きていけると 思ったものです。
夜の薪能にだけはとにかく参加しようと
港に戻り、タクシー会社に予約申し込もうとしたら、この島では夜20時以降は営業しないとのことで
どこも断られ。薪能のスタッフの人には 危ないから帰りの手段が見つからない場合は参加自体もお考え下さいとのお返事。
また呆然です。
何のために来たのやら。
午後の直会に申し込もうとしましたがすでに定員大幅オーバーで断られ(当日受付もありとはメールもらっていたのですが)
直会会場周辺でまた少しぼうっとしていました。
ネットで停戦の情報を読んで少しほっとして 落ち着いて
島には珍しいコーヒー屋さんの出店があったのでその方と立ち話しました。
島にはまだ珈琲文化は根付いていないとのことでしたが
珈琲は島の山の水で入れてくださったのでおいしかったです。
フィルターも竹の籠状のもので島の老人が注文に応じてつくっているという貴重なフィルターでした。味がまあ炉やかになると言っていました。さもありなんと思います。見るからにきれいな竹の籠フィルターでした。
夜のタクシーがない話をしたら、行けば何とかなりますよと励ました下さり
でもその方は参加しないので、足はまだ見つからない状態。
呆然としつつも 会場に
ネットなどでいつも拝見している能楽師の方や 一応Facebookでつながっている方をお見かけしてご挨拶しましたが、
みなお忙しいのでほぼ無視されました。
それでもなんとなく 会場から退く気になれず
座っていると 隣に座ったおじ様が、他の人との会話からどうも能面を作る人らしいことわかり
話がひと段落終わったところで話しかけてみました。
ちょうど直会の会場で主催の能楽師挨拶が始まり、そのおじ様が手招きしてくださり、ドアの開いているところから
主催者の挨拶を聞かせていただきました。
感極まって声詰まりながらの熱の入ったご挨拶 大きな会場なのにマイクなしで通る能楽師の声自体もすごいので
感激しました。
なんだかんだ夕方になり 帰りの足のつてもないまま でもそのまま宿に行く気になれず
バスでは行けない薪能会場に 昼間は動くタクシーで 一人で行きました。
山の中の古い能楽堂 村の人が大切にしている能楽堂
椅子席は30くらいしかなく、私は早く着いたので椅子に座り待ちました。
森の中です。しんしんと冷えてきます。
先ほどお会いした能面つくりの方が到着し、なんと会場で帰りに便乗させてもらえる人を紹介してくださいました。
なんてありがたい事。
喜びのうちにも 日が沈み気温は下がってきて
寒いですねえ、油断したなあ、とかあちこちで聞こえます。
薪に勢いよく火が入りましたが ますます冷えます。
能は始まり 面白いですけど どんどん冷えます
中ごろになるとかなり身体のしんが冷えてきて
ビニールシートや立ちっぱなしで見ている人よりは自分は楽で申し訳ないと思いつつも
ガタガタ震えがきます
その中で最後の出し物は 長崎の原爆をテーマにした新作能だそうで
(出し物のスケジュールも今朝初めて知った)
この日、この時 そのテーマの新作能ですかと ぞくっとします。
最後の クライマックスの折、主催の能楽師(大つつみ)が
ひときわ大きな声で夜の森にとおってゆく声を出しました。
もう絶叫です。
聞いたこともない声です。
寒さもぶっ飛ぶものすごい迫力。
おまけの後シテがもう一人追加で出てきて二人舞になり
地謡いは世界の平和をあきらめるなとうたって
終了しました。
帰りの山道下りながら、木の間からぼた雪みたいな大きさの明るい光がいっぱい見えます。
何かの照明?と思いきや、ええええ お星さま?! 星ってこんなにでっかいのおおお っと
初めて見る佐渡島のお星さまにびっくりでした。
みんなトイレを我慢して車まで走ったので、ゆっくり見る暇もなかったのですが。
美しい衝撃でした。
無事に宿まで送っていただき ゆっくり一晩休み
朝には宿の管理人(冬場だけ日本酒を作っている青年)にアンドロメダエチオピア珈琲の事、老人ホームの事、先生の体質、コンサートを聞かせたイチゴの話などなど一通りお話しさせてもらえて 船に乗って帰ってきました。
佐渡島は 2年前亡くなったALSの「はっちゃん」のご出身地でしたので
はっちゃんを偲んで一度は行かなくちゃとやってきました。
いたるところに小さな神社があって
(江戸時代にはこの佐渡島に200以上の能舞台があったそうです)
とても丁寧に村人が自然を大切にして生活してきたぬくもりが漂う土地でした。
ありがとう はっちゃん
ありがとう 佐渡島
ありがとう 能楽師の方々(その日全国から能楽師が128人集結した)
絶滅しかけた「朱鷺」を助けるために 農薬を辞めようと立ち上がった農家の方がいて
最初は馬鹿にされたけれどやり続け
今では農協までも協力して、全島の協力体制で 復活した「朱鷺」
今では野生の朱鷺が普通に飛んでいるそうです。
島の人に 朱鷺ってきれいですか?と聞くと、ピンクのようなオレンジでそれはそれはきれいな鳥ですと
鳴き声までまねして、嬉しそうに誇らしげに語ってくれました。
いのちや文化を守る皆様 ありがとうございます。
うつくしい大自然 ありがとうございます。
