KEIKO KOMA Webサロン

やることはひとつであり無限大


15年前、28歳の時に、アンフィニで社会学講座を受けている日に震災が起こりました。

あの時、何のために参加したのか、参加者全員が話す流れで、私は「本当はアントレを受けたいけれども、お金が出せなくて、社会学講座のお話もきっとどこかで繋がっているだろうから参加しました。」と話していたのを思い出しました。今、無事にアントレを受けられ、本当に時間がかかってしまったことも、今だから身に染みて分かることも、全部そのまんま否定も肯定もできず、誰に何にと決めきれない“全体に”感謝の気持ちでいっぱいです。

あの時、先生に「ニッパチさん、それでどうしたの?」と言われ、自分の人生の見直しを問われていたのに、何度コンサートや講座を聞いても、ずっと緊張したまま、閉じた感覚で見えている世界で、自分の置かれている状況や選択肢からやれることをやってみよう、それで次に変えてみたくなったら変えていこうというような歩みしかできませんでした。新しい道をつくるしかなかったのに、言葉でそう言われても、どうしていいか分からず、ずっと足踏み状態でした。

今日、整理できたことは、自分の限界の解ける因子は、囚われていることそのものを考えても、答えがないということでした。

最近自分の中で起きた経験のプロセスを整理していったときに、

今すでにある限界の枠を支えるために生まれる絶えることのない「心配」が人の足を引っ張ること、そこに自他ともに「緊張」を生むことが分かり、この心配性のままでは、血を分けた子がいたら、とんでもないことをするところだったと、子どもを産むことへの拘りがスッと抜けました。そうしたら、生命を最優先にしてもらえなかった不信感への拘りも抜けていって、一生消えないかもしれないと思っていた恨みがいつの間にか溶けていたことに気づきました。

存在とひとつ、愛につつまれる経験をしただけでは繰り返すこと。ちゃんと言葉にして、経験が意識まで登るプロセスで、ひとつまたひとつと硬さがとれることが分かり、これが限界突破なんだと分かりました。

今、生きている生命も、これから生まれてくるニューニューニュータイプの子どもたちが、耐え難い悲しみを感じなくても、そのまま感覚を閉じずに愛のスピードで限界突破を繰り返していけるように、まず自分が変わりつづけてその環境をつくっていきたいと思いました。

震災の日、ドンと強い揺れのあと、「先生は静かに、もう一回きますね」と仰り、少し後にもう一度強く揺れました。「みんなが動かないから大地が揺れた」と、そして、「慌てて帰っても帰れないから、ゆっくりされてください」と一言おっしゃいました。本当に状況を理解されていると、“静かでゆっくり正確”なんだと、あの時のことがいま蘇ります。

世界がどのような状況になっても、自分の内面の限界を超えつづけて一新し、このような正確な判断決断を身につけていきたいです。

本日のコンサートも開催くださり、本当にありがとうございます。

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ラスト白いコーヒー
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ホテルニューオータニにて
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NPO高麗 迎賓館にて