だいじなこと
今朝まだ薄暗いころ目が覚めたとき、頭痛がしていました。
ごちゃごちゃ浮かんでくることばが邪魔で、ひとまず紙にそのまま書いて、また寝ました。
起きて動いているうちに頭の重みはひいて、浮かんでいたことについて、わたしはどう考えるかことばになり、答えがでました。
三鷹コンサートでテーマにしてくださった「大道」ははじめて知ることばでした。
アナウンスなのでその場で漢字はわかりませんが、先入観も生まれず、それが却ってよかったかもしれないと感じます。
第一部では子宮に意識が向いていきました。
心地よいといえば心地よいですし、なにもない感じでもあり、すべてある感じでもあり、”〜のような”もない経験でした。
玄牝の経験と似ていると感じたので、どういう関係だろうと考えていたところ、昨日の応用コースで、玄牝は大道への入り口とお聞きし納得しました。
去年、玄牝のテーマでコンサートをしてくださり、からだで経験し、講座でも理解が深まっていったときから、からだの奥底を感じられるようになりました。
その時々、いろいろな状態になっても、いつもからだの奥底を感じれば、なにがあっても生きていけるというじぶんを取りもどせるようになりました。
それは老子が大道ということばで表した流れに戻ることでもあるとわかりました。
今は、人間の人生を生きる上で、これ以上だいじなことはないと感じています。
いだき講座を受け、先生がからだをきれいにしてくださったことの、とてつもないことを実感しています。
三鷹コンサートのアンコールの手拍子は、みんなのリズムと先生のピアノがひとつになり、早くなったり、遅くなったりする気配がなく、ぴったりひとつで感動しました。
終演して、おおきな丸を先生からいただきました。
人間の感覚のすごさを感じたアンコールでした。
このような機会を、心よりありがとうございます。
今日の府中のコンサート、楽しみにしております。
