KEIKO KOMA Webサロン

限界に触れつづける


昨日、外的な要因で、自分で判断も決断もできない緊張下に晒され、

閉じたり開いたり必要に応じてできていた膜が破れて、開きっぱなしになってしまった感覚がありました。

一挙に
自分だけのものではない悲しみが流れ込んできたかように、涙が止まらなくなった。

少し前に知った、
『アバター』のプロデューサー、
ジョン・ランドーが癌で亡くなったこと。彼の目指していた先に、循環をつくろうとした痕跡を見たから、無念で仕方なかった。

そして、阪神淡路大震災で亡くなった方々のこと。
先生が、助けても助けても
失われていった命のこと。

昨日は、ずっと悲しかった。

先生は、
外の現象に引っ張られることなく
次々に行くしかない、
というところに立っていらっしゃる。

私は、
引き寄せ、
重ね、
抱えて、
すぐ潰れてしまいそうになる。

立っている座標が、
まったくちがう。

今朝、
栂尾・高山寺に行きたくて、
這うように向かいました。

コンサートの前に、
きれいにしたいという気持ちも
どこかにありました。
今出会い直せる何かがあるかもしれないという予感で向かいました。

ただその場に
身を置き、
帰ってきたら、
重荷がすっと抜けていました。

抜けて、はじめて、
囚われていたことがわかった。

何かを克服したわけでも、
到達したわけでもなく、
ただ、
「わかる」ことが起きた。



いま、
思考が止まり、
囚われているもの
引っかかりつづけている限界は

「お金」です。

私は、
価格に対して、成果や数字を求められるようなところでは表現ができません。

先生は、
コンサートや講座で代金をいただいても、表現を繰り返し、
ブレない。

私はまだ、
今日、明日、
この瞬間に
表現が生まれるかどうかも不確かで、
ことばになる時にしか
表現したくない。

だから、
時間の制約のあるものに
応えられません。

一定の質も、
何に結ばれるかも分からない



以前、先生が、仕事(事業)は
見通しが立たないとだめだと、
おっしゃったことがあり、

先生のおっしゃる“見通し”は、
存在とひとつであるから、
これが世界に必ず必要だとわかる。
未来とともにあり、
主体的にそれを選んでいく、
そういう見通しだと受け止めています。

私は、内面のことばが、
この時代に、置かれる必要があることは
わかる

けれど、
お金に交換できるとは、
いま思えない。

無料だからこそ、
多くの人の目に触れる可能性があり、
今はそこに意味を感じてもいる

これでは自立できない
ここが、
いまの袋小路です。

今は、表現をやめず、

限界に触れつづけます。

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府中の森芸術劇場どりーむホールにて
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三鷹市芸術文化センターにて