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包まれたあとに解けていった生命の記憶


コンサートのメッセージ、一音一音に温かく包まれ、
涙が静かに流れていました。
何に泣いているのか、その場では言葉になりませんでした。

家へ帰る道中、
感じていたことすら忘れていたこと、
何も思っていなかったはずのことまで、
次々と思い出されてきました。

「あのとき、あの人にこんなことを言われた」
「あんな失礼なことはなかった」

大切にされなかった数々の出来事が、
一挙に噴き出してきました。

コンサートのあとに、
こんなことが噴き出してくる自分の状態は何なんだろうと、
その時も、やはり言葉にはなりませんでした。

その後、車を走らせていると、
ふと、小さい頃に住んでいたアパートを
見に行きたくなり、
母にも付き合ってもらって、
当時通っていた保育園から家までの道、
よく行った小さなお店の場所を辿りました。

まだアパートは残っていました。
煌々と白く光っていて、
2部屋しかないアパート。
昔住んでいた部屋だけ、誰かが暮らしていました。

ピアノの部屋。
母も、ピアノをやりたかったこと。
出窓が似ている家に引っ越したこと。
ポンジュースをよく買いに行ったお店。

ポンジュースは、確かに
あの頃の私の生命をつないでくれていたな、と、ふと思いました。

一晩明けて、
あぁ、自分をつなぎとめてくれたものを
ひとつひとつ拾いに行ったんだと、分かりました。

バラバラな点として、
回収されないまま、
理解されないまま、
点でしかなかったものたちが、
一挙につながり始めていました。

あれも、これも、
生きるためにつなぎとめてくれた
ものだったのだなと。

感じなくしてきたことも、
やり過ごしてきたことも、
すべて、生きるためだった。

そういう時間だったよね、と、

コンサートで、すべてが包まれ、
心の奥から「大丈夫」と思えたから、
封印してきた細かな記憶までもが
一気に吹き出してきたのだと思いました。

そして、人にされてきた数々のことも、
ようやく理解できるようになりました。
「感じないようにして、
いまは生き延びているのだ」と。

人はそれぞれのリズムで強くなって、
大丈夫と思えるタイミングでしか、
感覚を開けないこともあるのだと理解でき、
私は急ぎすぎたのだなと分かりました。

自己受容がはじまることで、
人と共に生きる余地が生まれるんだと感じました。

自分の内面を深く見つめること。
まず自分がやっていきたいと思います。

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