回り出した生命
新年あけましておめでとうございます。
年始は、先生のピアノコンサートとお話、高麗さんの講演会、そして先生のピアノ演奏の贈りものまで重なり、
リモートでありながらも距離を超えて、内面の深くが満たされるお正月を迎えさせていただきました。
そして本日は、東京高麗屋さんでのコーヒーセレモニーに、高麗さんのご厚意により伺うことができ、生命の内奥が至福の歓びで満たされるひとときとなりました。
今回このようなご縁をいただいたことに、心より感謝申し上げます。
高麗屋さんの空間は、改めて感じるほどに全ての要素が洗練されていながら、どこまでも温かく、
高麗さんが紡がれるお言葉は、その場に集った一人一人の生命の状態に、驚くほど正確に、そして自然に重なっていきます。その在り方に、思わず神業だと唸りました。
マーブリングで彩られた敷物やお皿、先生による焼き物の器、そして高麗さんの書。
それらすべてが混然一体となり、そこに座る人の生命の世界そのものを、在りのままに顕わしていました。
私へのお言葉もまた、自分の中で既に定まっていたものを、瞬時にそのまま表現していただいたので、驚く間もなく、ただ「そうですよね」と頷くばかりでした。
昨年、同じく東京高麗屋さんで高麗さんに巻物を顕わしていただいてから、私の世界は目まぐるしく動き出し、これまででは考えられなかったような出会いの数々に恵まれています。
まるで太陽系の中心にいるかのように、自身が輝いて回り出すと、エネルギーが渦を巻き、無数の天体を呼び寄せてくる。そんな感覚でした。
ですが、これまでの自分のペースに戻ろうとして、回転に歯止めをかけると、途端に推進力が失われていくということも経験しました。
流れに乗ったら乗り切らなければ、一気に振り落とされてしまう。
限界などと甘いことは言っていられないのだと、年末年始に緩んだ自分の体と心に、喝を入れていただいた心持ちです。
年始の先生のお話から、自らの体の状態を振り返り、どんな時に最も元気に動けているのかを翻ると、それは生命として必要な「本物の栄養」を摂取できている時に他ならない
ということを、今回のコーヒーセレモニーで改めて深く実感いたしました。
このような場と時間をひらいてくださったこと、そして生命の進むべき方向を静かに、
しかし確かに照らしてくださったことに、心より感謝いたします。
この実感を胸に、流れを感じ、自らの生命にまっすぐに生きていきます。
本日は豊かな経験の恵みを、誠にありがとうございました。
本年も何卒よろしくお願い申し上げます。
