京都にて
3日間京都に滞在することができ、コンサート、迎賓館コンサート、講座に参加させていただきありがとうございました。
昨日は2年ぶりに振袖を着させていただき、それだけで気持ちが高揚し、ひらめきが湧いてきました。身体の内側から洗われる迎賓館のコンサート後には、自然と普段と違うところに赴き、違う行動をとっていました。知らない場所を開拓したり、知らないお店で食事をしたり、いつも違うパターンで行動すると、周囲からたくさんの刺激があり、書き貯めている1秒のひらめきをどう具体的に実現していくかの計画が次々と立っていきました。
動機は自分のやりたいことからスタートして会社をつくりましたが、会社が成長し仕組みが整っていくなかで、自分自身がその仕組みに嵌って役割を果たすことに日々埋没し、疎外されていく感覚から抜け出せずにいました。また、最近入社したばかりの社員さんがすぐに仕事を覚え、よく働いてくださる一方で、あまりに従順でイエスマンであることに違和感を覚えお話したときに、私は良い駒になろうと思っていますと返ってきた言葉が胸に引っかかり考えていました。社会の仕組みの中で仕事をしながら、自分の存在を見つけたり、表現することはどのようにしたらできるのだろうかと問うていました。今日、その答えを得ることができ、霧が晴れました。政治経済の仕組みがいくらつくられていっても、その中には一人一人が豊かに生きていく仕組みはないと明言され、関係の中で愛を分かる経験や存在が明確になるプロセスがあることをお聞きしました。よい関係があり、関係が成長する生成のプロセス、また関係における差異によって存在がわかること、現れることが起こるというのが、現代社会における新しい存在論とお聞きし胸が明るくなりました。自分からスタートし、お客様も、一緒に働く職員の方たちも、みながより豊かに幸せに生きていける環境を作りたいと願う気持ちは、「関係」の中で互いに実現していけるのだとわかり、私自身会社の駒になりたくはないと感じていた気持ちも、従順な駒になりたいと話す彼女をどうしたらよいかと悩んでいた気持ちもすっかり消え、関係をつくってゆければよいと答えを得ました。介護を行う会社をつくり、日々介護保険法に基づいた介護サービスを提供していますが、ひとりひとりが豊かに生きることは仕組みでは実現できないことをわかると、サービスを提供しながら感じる疑問も解決しました。介護を行うことで幸せや豊かさを創出しているのではなく、関係性によって創造できることなのだと整理できすっきりしました。思い返せば、自分自身が介護の仕事をやっていこうと決めたそのきっかけも、一人のご利用者さまとの関係で起きた不思議な経験だったことを思い出します。病気が進行する中でも必死に生きようとする彼女のエネルギー、彼女との交流によって、自分の分散していたエネルギーが一つに統合し、これが自分のやりたいことやるべきことだと覚醒した衝撃的な一夜がありました。人との関係の中に自分の存在が現れるとわかると、人を避けずに、自分の殻の中に閉じこもらずに生きていこうと感じます。
