ありがとうございます。
夜、睡眠時に流しているBGMがあります。その中に、ペルセポリスコンサートのクラリネットの演奏が入っているのですが、そのバックに流れている金属音のような音は、光のカケラが天から降り注がれる夜空に聞こえます。古代楽器シストラムも、このような響きが広がっていたのではと、その空気に包まれ、うっとりします。
「天空」をテーマにしたコンサートと、「高句麗伝説コンサート」で聴いたクラリネットの経験は、一つの情景となり始めています。まさに、天空に現れたクラリネットの音色は、この世に現れ出る愛そのものでした。遥か遠い記憶として、胸の奥が激しく揺さぶられたペルセポリスの演奏。そして夜明け前の深い空の色。
その繋がりの一つとして、以前より気になっていた、高句麗がなぜ二頭の鹿をシンボルとしているのかという謎がありました。Live講座で、高句麗と東北のつながりをお話しくださいましたが、その中で、魂が一つになっていくお話を伺い、私はこのシンボルの意味とつながりました。
先生と奥様との関係は、「いだき」の始まりであり、二頭の鹿が示すのは、体がなくなっても魂は一つとなり共に生きるという、根源的な男女のあり方です。
しかし、長い歴史の中で、この真理ともいうべき男女のあり方を無視し、侵略のため女性の子宮を利用し、大地を奪い、自然を荒らし、破壊する愚かな行いが、当たり前のように行われてきました。現在も続く蛮行は、この時代、玄の世界が現れた今、彼らの愚かな発言や行いが次々と露呈し、終わりを迎えようとしています。
高句麗の国の理念には、「女性が安心して暮らせること」があります。この心を持つことは、人間として、そしてリーダーとして当然のはずです。今こそ、高句麗の精神が強まり、現実の世界で実現する時です。私自身も、自らの光を見出し、実行する時を迎えています。
今日、明日と講座で、更に理解を深められる機会となります。
誠にありがとうございます。
