次元を超え
第一部「スーパームーンの次の日」
昨日はスーパームーンという、月が地球に最も近づいた満月でした。
見かけ上、通常の満月より14%大きく、30%程明るく見えます。
重力的影響が地球の潮の満ち引きを強めます。
しかしスーパームーンがもたらす本質的なインパクトは、単なる
物理的影響を超越して、心理・精神の深層に波紋を与えます。
地球の海と同じく、月の引力は僅かながら体内のリズムにも影響します。
1つは睡眠が浅くなる。
2つ目は感情が敏感になる。
3つ目は創造的・直観的思考が活発化する。
といった傾向があります。
スーパームーンの光は単なる反射光ではなく、
「意識を深層から照らす内なる光」としてはたらきます。
「何かが満ちている」「心がざわめく」と感じる時、
それは宇宙の愛が、自分自身の内なる愛を共鳴させています。
第二部「聡明」
「聡明」とは文字通りに理解すると「聞くことが澄んでいる」と
「見ることが明るい」という聞く力と見る力が調和した心の透明度をあらわします。
また「聡明」は単なる頭の良さではなく、知恵と慈悲が一体となった状態を意味します。
深い意味での「聡明」は、頭脳の鋭さよりも、心のやわらかさを意味します。
したがって真の「聡明」は、内なる光のままに受け容れ聞き、
愛のままに見ることといってよいでしょう。
素敵なメッセージに今日もどのような経験ができるのでしょうかと楽しみに開演を待ちました。「スーパームーンがもたらす本質的なインパクトは単なる物理的影響を超越して、心理、精神の深層に波紋を与えます」とのメッセージを受け、どのようなことかと心馳せました。「スーパームーンの光は単なる反射光ではなく、「意識を深層から照らす内なる光」としてはたらきます。」とのメッセージに益々心惹かれます。演奏がはじまり、見えた光景は、ドナウ河の畔で「ドナウ河のさざ波」を聞きながら、ドナウ河を眺めた時のことでした。ヨーロッパの風景が心に広がりました。ヨーロッパのコンサートホールでオーケストラを聴いているようでした。清らかで繊細な音は心に染み入り、心のひだまでも受け容れていただき、洗い清められるように心地よく、心がどんどん澄んでいきます。気づけば、銀河にいるようにと表現したい広い世界に身を置いていました。次元を超え、身が軽くなり、力が抜けていきます。芯からリラックスし、癒されました。驚くことに、コンサートの時には必ず起こっていた現象が変わったのです。いつも後頭部がうずき、何かに引っ張られている感じが苦しいのです。まるで後頭部にネジをまかれ、まかれたネジがほどけていくように、うずき、痺れる後頭部の反応が起こるのですが、最後までほどけずに、芯が残るのでした。何度か先生にお話しさせていただいたのですが、ある時、外側のエネルギーに動かされているのではなく、自分でやっているのではないかと先生からご指摘を受けました。自分でもそうだと考えはじめました。外側のエネルギーに動かされているなら先生の演奏により解放されますが、自分で作ったものは、自分でわかっていかないと抜けていかないと自覚しています。同じことをやり続けるからです。対象化する意識で自分や他者を見、反対にとらえることがよくあります。誰も怒っていないのに、怒られていると感じ、直そうとするのですが、直らないのです。全て自分が悪いと思い、自分を責め、追い込んでいくのです。意識的に頑張り、気を遣い、疲れ果てるのです。意識的にやってきたことが後頭部を縛りつけていると自覚しはじめました。日常生活も仕事をしていても、意識的に頑張ることは疲れ果てます。そうではなく本音で自分らしく動いている時は疲れを知らずに元気ではたらき続けていけます。今日はこのことを考え、何としても変えていきたい気持ちでコンサートに臨ませていただきました。ネジをまく、ネジがほどけるという同じ次元では抜け出せませんでしたが、次元が変わり、抜け出せました。体感的にはお月様の光がずっと差し込み、月の光に照らされ、力が抜け、休んでいるようでした。完全に癒されました。これほど心地よく、力が抜けてやすらぐ経験はないと感動し、感謝あふれます。
第2部の「聡明」とのメッセージタイトルは憧れます。あこがれる状態をコンサートにて経験させていただけるとは、何と幸運で恵まれたことでしょう。メッセージのお言葉も素晴らしいです。「聞く力と見る力が調和した心の透明度をあらわします」とは素晴らしいです。そして「真の「聡明」は、内なる光のままに受け容れ聞き、愛のままに見ることといってよいでしょう」が全ての答えと感じました。対象化し見て、反対に物事を捉えたり、人のこともそのまま見えない状態や受け容れていけない状態では、辛いだけです。このお言葉の通りに生きていければ、すべての生命はひとつであり、皆が生きていける世界となると見えます。誰一人として存在を隠すこともなく、一人一人が存在あらわし生きていけるのが生命のはたらきであり真と考えます。そうなりたいと願い、意識的にそのようにしようと努めてもなるものではありません。今日の演奏をお聴きし、生命丸ごと体感でき、真の「聡明」を経験できたのです。このようなありがたいことがあるでしょうか。ありがたくて感謝よりありません。演奏は太く力強い音に、宇宙全体が動いているのかと感じました。音から見える図形や光景は宇宙と表現したいものでした。幾層に渡り、異次元を行き来をしている体感でした。その都度、自分の意識で作った型も枠もねばならぬ縛りも壊れ、ほどけていきました。さまざまな世界を見、身をおかねば、長い間に作り上げた習慣や枠、型は壊れないのだと経験しわかりました。先生のコンサートで別次元を経験させていただけるので、抜け出していけることの凄さ、ありがたさに魂震えます。2部も芯からほぐれ、力が抜け、自宅でくつろいでいるように何も気を遣わずに心地よいままに居れました。今も音の塊のように感じた音が心の中で鳴っています。音に抱かれているようでした。音の中に自分がすっぽりと包まれ、安堵したのです。私は時々、体に人の目が張り付いて見えることがあり、家に帰っていても人に見られていると感じ、緊張し、心が辛くなる時があります。対象化し見る意識は体に刺さるように痛いと感じてきましたので、今日のコンサートにて音に包まれた体感は体も心も芯から癒され、やすらぎました。ずっと音と光に包まれ、温かく、幸せでした。アンコールのアリラン的な演奏に高句麗を感じ、涙し、更にアンコールの「愛」と呼んでいる演奏に頭が下がり、ここでより生きていけないとつぶやきました。世界中の人はここでより生きていけないのですと心の中で叫んでいました。世界中の人と共に経験したい気持ちは今日も心の底から生まれました。ウクライナの方々は今日も感動と喜びに表情が明るく輝いていました。無限、宇宙、自然を感じた方が多く、人それぞれ違う存在であって互いに受け容れていくことの素晴らしさを語る方もおられました。言葉は通じなくても先生のコンサートは通じ合えます。今日も救われた気持ちです。メッセージのお言葉を心に日々生き一人一人の存在が生き、皆が生きる世界を作っていけるように生きて参ります。ありがとうございます。
