大きな山を越えて
京都での「出会いの一日」をありがとうございます。今日も大きな山が見え、乗り越えていきたい気持ちで必死でした。昨夜は頭の天辺が白く光り、眠れずに苦しい夜を過ごしました。比叡山でたった一人で苦しんでいることに恐れをも感じ、発狂しそうな苦しみに襲われました。しんどい体の状態で京都へと山超えの道を下りました。枯葉色の地面が広がり、とてもロマンチックで美しい風景に心慰められ、会場に着きました。毎回内容の深いスタッフミーテイングをし、一回一回成長し変化していける催しとしたく、真剣に取り組んでいます。今日は、山元町のいちご農園のイチゴを結工房のスタッフが差し入れしてくださいました。先生のサウンドを聞いたイチゴをいただけますことはありがたいことです。いろいろありますが、今日も心一つに開場となりました。
最初のオフリドでの先生のピアノコンサート上映会が、今の時に必要な経験でした。オフリドでは、遥か彼方と一つに生きる訓練をしていました。悲しみや苦しも、喜びでさえもつくられた感情とわかる経験ができたところです。昨夜も苦しみながらも遥か彼方を感じることに努めていました。そうでないと生きていけない限界を感じています。コンサートで経験させていただき、大変ありがたい経験でした。
次のロシアでの「高句麗伝説」では前へ前へとどんどん向かっていく爽快なカッコいい演奏をお聴きでき、大好きな音楽ですので、とても感動しました。ところが体がどんどんしんどくなり、昨夜と同じに最後は発狂しそうな苦しみに襲われました。後から、戦争が終わらないロシアやウクライナの状況を身に受けたと感じました。よくお越しになるウクライナの方はロシアで開催したコンサートの上映会にはどうしてもいけないとメールが届いていました。今尚、戦争が終わらずに苦しんでいることはどなたにお会いしても痛く感じ、悲しいです。体はしんどくてもロシアでの「高句麗伝説」は素晴らしいです。深く感動しました。引き裂かれた悲しみは愛と変わり、分断された歴史は一つになると見えることが嬉しいです。
「魂の語り」の音楽がパイプオルガンもピアノ演奏もあまりに美しく繊細で清らかで深く感動しました。水の水面に陽が差し込み、キラキラと輝く音に心身清められます。昨夜からの苦しみは対象かする意識の限界と感じています。自己中心、自分勝手とも見えます。闇と見えます。内面をみる目ですらも対象化していますので、限界を感じます。自分勝手の闇の囲いはたくさんの働きかけを遮っていると見えます。大いなる存在を受け容れれば、無限に働きかけが注がれると見えます。自分勝手は自滅します。遥か彼方で闇の意識は光と融合しました。大いなる存在と共に生きる神聖なる生命の時代です。最後の最後まで清らかな美しい音に包まれ、人間とし生きることを経験させていただきます。大きな山を乗り越えました。自分勝手の闇に見える意識は溶けていきました。無事に終わり、安心しています。明日は琵琶湖の畔の会場にて北京「高句麗伝説」上映と「魂の語り」をさせていただきます。皆様にお越しいただければありがたいです。今日もありがとうございます。