盛岡にて
仙台から盛岡に向かうにつれ、北緯40度の高句麗の地と似ている風景が広がり、魂震えます。黄色の花が一面に咲く野、風に揺れる木々、草花を見るだけで生命躍動し、今月も盛岡までこれましたことに感謝と喜び生まれます。東北センターオープン前から準備をしている時に、暖炉を囲んでいるぬくもりあふれると先生がおっしゃったことを感じる東北センターにて皆様と共に応用コースを経験させていただけます恵、幸せに感謝します。天照大神と素戔嗚尊のお話は楽しくて夢中で聞き入りました。古代のことが今ここに蘇ったように見えるお話に引き寄せられました。本当のことがわかると頭の捩れや精神の歪みが正されます。今まで限界と感じてきたことが突破できます。昨日のコンサート後に先生から素戔嗚尊はあんたの国の人とおっしゃっていただき、胸の内に喜びが込み上げました。魂共によろこびました。日本の国作りは上代の時、高句麗と似ているとも今日の応用コースでお話しいただき、とても嬉しく喜び生まれます。初めて日本史を調べてみたい気持ちが生まれました。恥ずかしながら今まで日本史には興味が持てずにいました。何かを隠されているかのように興味が持てなかったのです。日本の古代史が正され、本当のことがわかることが頭の限界を突破できますことに驚き、もっともっとわかりたい気持ちが生まれます。今後のコンサートで日本の神、真の歴史を表現していただけることを考えますと、やっと時が来た喜びとときめきで胸が高鳴ります。本当は知りたかったことだと気づきます。コンサートメッセージを先生が作られる時、リハーサルで音が出なければできないとお聞きしました。表現された存在が現れないと音が出ないこと、先生と一体となる故に音が出ることの凄さは言葉によって表現できない凄さです。その演奏をお聴きできることがどれだけ奇跡的なことかどれだけの恵かと考えます。昨日も、今日来た人は徳をしたと先生がおっしゃる時、深く深く頷きます。人生においてこれほどの徳があるでしょうか。2度と経験できないことなのです。私には日霊女も素戔嗚尊もはっきりと存在が見え、感じました。これほどの経験ができるのは先生のコンサートよりありません。生まれた時からの限界と表現したいことが解決に向かったのです。夢のようです。身を置けますことの恵、幸せに感謝します。応用コースにてさらに経験が深まり、より日霊女のこと、素戔嗚尊にことがわかり、生きる力となっています。ありがとうございます。