枠を捨てる
本日は京都事務所にていだきしん先生によります新春「存在論」と高麗さんのビデオ講演会に参加させて頂きありがとうございました。20名以上キャンセル待ちだった状態を枠や囲いを取り去る実体験の如くにご対応下さりました。お陰様で一席に身を置かせて頂ける巡りとなり感謝申し上げます。枠や囲いや世俗に対する自分の反応の一つは退屈、諦め、興味失せ、気持ち離れて無感情、無表情などです。枠や囲いにはまるか抜け出すかは天と地の差があることを体験しました。お客様から見た私自身の状況や枠、囲いからの脱却へと取り組みます。「やめる」とはどういうことかと問う日々の中、昨夜京都コンサート明けて今朝に気づきがありました。仕事において自分が所属する免許制の業界の業者であるが故にお客様気持ちに応えられないことがあるのではないか。業者という枠があるのでお客様と自社が利益相反になってしまいがちな構造の中にいるのではないか。業者であることから離れることでお客様気持ちとひとつになれる気がしました。業者としての枠を捨てた後は業者の代わりはAIに頼んだらよいのではないか、もしくは業者を介さない市場をつくる等と考えました。また同業界の業者同士が敵対関係になってしまうこともある構造上の関係が協力者へと変わるイメージが見えた時に命は熱くなってきました。そんな気づきと知らせが降りてきました流れでの本日のキャンセル待ちご対応でしたので枠や囲いから脱却していく好奇心と希望を感じました。存在論にて深淵とは危機状況であり危機状況にあってこそ変われるチャンスでもあることをお話し頂きました。今変われるチャンスを掴み、変わります。ビデオ講演会では存在論のキャンセル待ちという枠に対しての対策のお話しに始まり迎賓館コンサートから京都コンサート、存在論までの理解深まるお話しを頂きました。1月11日高句麗伝説に向かう旅路のような巡りにありがとうございます。
西裏玲