存在あらわる空
盛岡に着くと、家に帰ってきたように感じるようになりました。震災から7年も経っていますので、毎月盛岡に通い続け、今では家に帰ったように感じられることをしみじみと感じ、歴史的なダイナミックな空を見ると、完全におおいなる存在の時代となったことを告げていました。身震いしながらも、いだきの歩みは、おおいなる存在と共にある歩みであることに深く感謝し、人類史が変わり、世界が変わるはたらきに関われますことに深く感謝します。東北センターでの語る会、応用コースはかけがいのない経験です。今日は長崎のお話をお聞きし、先生は奇跡に賭け生きてこられた事に真の希望を見出します。私も先生に出会え、奇跡が起こり、今も生命在り生きていられます。家族も奇跡により助かりました。いだきを始めさせていただき、一回一回のコンサートは人生賭け取り組んで来ました。コンサートを開催することはおおいなる存在がはたらきかけてくださることをいつも生命をもって経験させていただいてきました。一回一回は、生命賭けであり、奇跡の連続により開催させていただいていることは主催してきました私が一番わかっています。生命助かる奇跡を経験しながらも、人は何故外れていくのか、との先生のお話は、甚く身に沁み、本当はお腹の底から叫びたい気持ちでいます。昨日のウェブサロンにての先生からのメッセージを夜休む前まで何度も読み返し読ませていただきました。語り尽くせぬ経験は生命の内では生き続けていても、無視、記憶喪失の頭脳がこの世に存在していることは、真に悲しく、放置しておく訳には行かないとさえ感じています。私は、生命助けていただき、わからないのは人間ではないと感じています。北緯40度の夜空にあらわるおおいなる存在は、この世にある不正も不合理も、嘘も誤摩化しも非人間的な在り方は存在できない世界となることを告げていました。応用コースにて先生がお話されたことが心に浮かびます。先生ご自身のこと、と一言おっしゃた深い意味が現れている夜空でした。私も人間であることに徹し、これから訪れる人間の時代を生きていくと気持ちを糾しました。いだきで生きる人生も活動も奇跡の連続です。この経験を忘れる事も無視することも出来ないのです。今日の先生のお話から、空にあらわるおおいなる存在から、時が来たことを告げられました。ありがとうございます。