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緊張ー真の開放


昨日のに死について、応用コースに参加できました。京都コンサートホールでの経験と二つの講座に参加できたこと、ただ事ではない時を感じています。私は脳出血発症してから以前に増して、日常でも仕事でも不安になることが多く当たり前にできたことも怖さから物凄い緊張に捉われていました。右手が未だに不全麻痺があって力が入っていることすら気づけない、バスに乗ったら下りるときのパスを握りしめ、階段は恐る恐る下り、人はどうしてとんとんと普通に階段を下りられるのかを毎回考えていました。一見普通に見えるように努力することで余計なことに力が入っていました。スマホやパソコンは目がすぐに限界になるのと右手が思い通りに使えない。DXと言っても自分には縁遠いことと。

10年以上後遺症は続いていたのにあまりにも頑張る意識や、負けず嫌いからちょっとしたことにも凄く緊張していたのです。疲れ果てて休憩と甘いものがやめられませんでした。力を抜くどころではありません。講座の途中からその緊張が解れて眠くてたまりませんでした。昨日家に帰りつきノートに書いたことは、「不安で緊張してたんだ」帰りの道で凄いスピードで歩いているといわれて、初めは帰り道が同じ人に負けまいと必死で小走りに歩いていたのですが、ある時痛くてあまり歩幅が出なかった右脚が普通に開いて普通の歩幅になっていました。休まずに動くことを自然に行っていたのです。今日早朝のケアがありビデオ講演会には参加できませんでしたが、早朝にアップしていただき出かける前に視聴することができました。

普通にしているようでも不安から緊張する体を真に開放していただきました。まだ右股関節はいつものように痛みがあり、目も見えにくいことからの階段を降りるときに毎回体の調子というか、頭の不安と向き合っていますが、何か緊張が解放されているようです。お金のことも不安のもとですが、11月1日の新宿にはいくと決めてバスの予約を一番にしました。まだまだ未来はわかりませんが、こうして一歩ずつ、前に進むことしかないのです。

お金のことはいつも永遠の課題というくらい大きな不安の原因ですが、最近自分の因子に気づくことがありました。受講後のアントレプレプレナーコースの時だったか、講座の調べで高麗さんに「納得する」というお金の使い方を言っていただきました。??とあまりその意味が分かっていなかったのですが、ふと何十年ぶりに気づきました。納得するとは小さな頭で見て決めているのか、と。だから繰り返しお金の苦労をしているのかと。ミミッチイことからの脱却。事情がありますというのは人のせいにしていました。頭が限界を作って天井を作り、苦しんでいると思い込んでいる自分の中の狸やキツネです。

まだまだ未来は未知ですが、人に助けてもらうことよりも人の役に立ちたいという本音があります。阪神淡路大震災の時の動きも、入院していた時の朦朧としていて何もできなかったけれど純粋にほかの入院患者と人と人として関わったこと、が本音です。人の役に立つことはコンサートに一人でも多くの命をつないでいくこと、当たり前ですが自分の経験を伝えるしかありません。あまりにも奇跡的な経験をしているので人に何を言ったらいいのか、どういえばわかってもらえるのかと、真と世俗のはざまで立ち止まってしまいます。人とのかかわりの中で良い思いもいっぱい経験しています。これから月末月初は認定調査も一区切りです。人の家に行って人の暮らしにかかわる仕事です。いろんな人に会う仕事です...つい被っているのではと思うこともありますが。動きを止めないために何をするのかです。毎朝聞こえる天生コーヒーの声に内面を澄ませて。私は幸運にも出会えた生命です。ありがとうございます。

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