ひとつの言葉の取り方で幾重でも広がる
コロナ療養ホテルでのお仕事で22歳の男性が入所し、とても寡黙でシャイボーイと感じたが、瞳の奥には何かあると感じる瞳。看護士さんが基礎情報を確認してみれば、「この子、家ではなく車で隔離されていたみたい」と言われた時、思わず「あり得ない」と言葉が出てしまった。色んな家族はあるだろうが、わたしには考えしにくい家族の対応だった。しかし、当事者ではないので、状況も分からず、一方的な自分の主観で物事を判断しては良くないと冷静に捉えていないと本質はわからないと感じた。家族がどうこう、周りがどうこうではなく、今、ここにいる入所している彼が過ごしやすく、療養できるように取組む事が本質だと切り替えた。
コロナになって、だいぶ経つが、人間性失われていると感じる事が多々ある。
先日も東京の電車でマスクせず乗車した時、70代男性に「ウイルスばら撒くな!マスクしろ」と言われた。ビックリし、ぽかーんとしてしまった。TPOね!と捉えマスクをしたが、人間としての対応じゃないなと感じる場面に遭遇した。その男性は感情的に出た言葉で、周りがどうこうではなかった。わたしの考えとは違うけれど、全体的に考え状況に応じマスクの装着はすることに決めた。一方的な考え方はやめた。
マスクをしていると、人の表情はわからないし、表情は失われる。熱中症にもなりかねなく良いことこれっぽっちもないのに、日本人は真面目なのか、政府やマスコミ、行政に言われた事を守っている。世界からみても、マスク着用1位、ワクチン接種1位、三密1位、PCR検査1位!こんなにも対策をしているのにも関わらず、感染者が増えるのは何故だろうか?陽性と感染の意味合いや捉え方を間違っているとしか感じられない。陽性だからといって感染者ではない。PCR検査をすれば、するほど陽性になる確率は高くなる。PCR検査をするば安心材料と考えているならば、もう一度考え方を見直すべきだ。コロナ、ウイルスにばかり着目し、人間としての本質を見失っているように感じる。動ける範囲は減るし、人と関わりが減り、孤独になる人が増えていく。そろそろ日本人、風邪ひいている場合じゃないですよ!と言いたくなる。
着目点も着目するところも何が本質かを見極めていく能力を高めていくよりないと感じる。
アントレで、先生が三越のロボットの挨拶としょうがなく挨拶する店員なら、ロボット?の方がまだいいと仰っていた事が、わたしも同感するので、わたしはそんな人間にはなりませんというかなれません。
日々、感じ考える事があり面白く、人間だから!と感じ、ロボットではわからないよね!この感覚!
野生のコーヒーは大変美味しく頂いております。ありがとうございます。