KEIKO KOMA Webサロン

出会い


言うまでもなく、5月13日は高麗さんのお誕生日でございますので、大変めでたく、出会った人皆が喜ぶ日であります。特別な日です。さらに今年は高麗さんの先祖代々お住まいになった三鷹の地にて高句麗伝説を開催するという巡りに、さらに特別な日であることは、高句麗伝説に向かう中で日々感じておりました。
私はこれまでに数えきれない高句麗伝説コンサートに参加させていただきましたが、今回ほど、自らのうちに在る歴史、先祖の代表でいだきしん先生、高麗恵子さんに出会わせていただいていることを実感したことはございませんでした。実ははじめの頃、20年くらい前のことですが、なぜ高麗さんの先祖 高句麗のことを、自分をはじめ、高句麗とは縁がないであろうお客様たちに向かってコンサート、映像作品などで表現されるのかがわかりませんでした。高句麗がどれほど素晴らしい国であったか、王様の資質や精神が素晴らしいことは経験するに連れてよく感じられ、わかるようになりました。しかし、人にどういうコンサートなのかと聞かれても、自分の言葉で経験すら伝えられず、チラシに書いてありました「心で見、魂で聞く、生命覚醒の映像叙事詩」という表現をチラシをお渡ししてお伝えしていました。だんだんと自分の経験を人にお伝えできるようになりましたが、どうしても先生のピアノコンサートの方がお伝えしやすく、高句麗伝説は大好きですが、お伝えすることに苦手意識がありました。しかし今回の高句麗伝説を経験し、いだきを理解するには、高句麗伝説が最も重要と考えました。正確な表現を覚えておらず申し訳ございません。高麗さんがご先祖様所縁の地であります三鷹の地で詠まれたから尚更だったと感じますが、魂の表現をされる時に、今生きている自分ではない、連なる魂なのか、共に涙し、震え、今の時を迎えられた喜びが溢れてくるのです。高麗さんがありがとうございますと仰るだけで、心よりありがとうございますと、呼応するように溢れてくるのです。とても感情と表現できるものではないので、魂の声と自分では理解しています。そしてふと、自分は高句麗には縁があるとも言えず、どちらかというと憧れを抱くほどだったのですが、記された歴史的に関係があるないということはあまり意味がなく、先生の演奏される音、高麗さんの詩、お声で自分の生命にある歴史が同時に現れ、解放されていっているのだと考えました。そして高麗恵子さんが歴史の縦軸と表されるのは、生命に受け継がれる歴史であり、自分がイメージしていた歴史とは違うとはっきりわかりました。高麗さんがいだきしん先生と出会われ、運命とし生命に受け継がれた高句麗の歴史が解放され、さらに高句麗の真がどんどん表されていくプロセスは、自分たちの内でも深く関係し、確実に何かが起こっているのだとわかります。表現が拙く、喜びや感動、涙ということでどうしても表してしまいますが、同時に胸動いたり、これほどまでに共感することは普通のことではありません。高句麗伝説は、真の自分現れ、出会い、生まれ変わる、まさにいだき講座のようなコンサートと経験から感じました。それも、高麗恵子さんお一人の生命に起こることが、同時にたくさんの方々に起こっていくという途轍もない90分です。これが生命のはたらきの凄さと感じました。個別でありながら、共通している変化や経験があり、勝手な違いではなく、平和と直結する多様性の本来の意味もわかります。感覚的に、高句麗伝説が大好きであることが、これからはもっと多くの方へ経験を自分の言葉でお伝えできると感じ、大変楽しみです。
誠にありがとうございました

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京都、八坂にて
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三鷹市芸術文化センター風のホールにて
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高句麗の美は天を表す心