神聖なる光
ロシアの国営テレビで編集者が生放送中に身を挺して反戦を訴え、警察に拘束されたとのことや、停戦協議のことを気にしながら、気持ちはいてもたってもいられない状態で、コンサートに臨ませていただきました。今日はおおいなる存在の声を聴くことを心に聴かせていただきました。
第一部「いのちにはたらくちから」
「このいのちにはたらくちからに満ちています。気持ちのいい日差し、すきな人と一緒にいる、などなど。このいのちにはたらくちからをわかるというのは個人差もあり、これが正解ということはなかなか得ることはできません。物事の良し悪しも、しかりです。ここでは「受け容れる、あるいは受け取る側の「内面」によります」
内面が豊かであれば、いのちにはたらくちからの多いことに驚きをもって絶えず生きられるでしょう。自ずといのちの尊いことが理解されます。他者によりいのちを奪われるなどということはあってはいけないことです。いのちにはたらくちからをより正しくあらわし、行動に移して各々はもちろん、国や世界の新しい秩序になるでしょう、」
第2部「愛といういのちのちから」
「いのちにかかわりのない「愛」はありません。強制や脅迫はちからはがあるように見えて「愛」という最も神聖なちからにはまったく無縁です。強制、脅迫は弱い人間が権力などの力をかさにしていのちを傷つけ奪う行為です。長い歴史で数限りなく行われてきました。神のちからまで冒瀆してきました。今この瞬間にもどのような手法で尊いいのちが奪われているのでしょうか。なかなか先の見えない戦いが続いています。「愛といういのちのちから」は何者にも奪われることはできません。戦いの最中にあっても「愛といういのちのちから」がはたらかないところでは勝利することはできません。「愛といういのちのちから」は「いのちにはたらくちから」があってのことです。今や「愛といういのちのちから」を生きることは最大の防御になるという時代を生きていることをご自覚ください」
一部では、生命にはたらいてくれているちからを感じていました。いのちにはたらくちからを得ている生命で生きる時に、戦いから生命を守ると見え、大勢の人がそうなれば、目に見えない世界では生命守り合い、揺るがぬ砦を作っていると見えました。日本にいながら、今のウクライナの人、世界中の危機に瀕している人のお力になれることはこれよりなしと、どう生きるかを示していただきました。意識が先行し考えても体は緊張し、負担がかかっていることを生命をもってわかりましたので、考える状態も正すことができました。大変ありがたいです。生命の内におおいなる存在が入り込んできてくださり、たくさんのはたらきかけを受けていける内面にしていただいていました。内側から浄めていただき、自分では到底できない内面整理をしていただき、いのちにはたらくちからは満ちてきました。メッセージにありました「いのちにはたらくちからをより正しくあらわし行動に移して各々はもちろん、国や世界の新しい秩序になるでしょう」をやっていくことが今とこれからを生きていく生き方と見出しました。常に何をするかを考え続けていました。意識先行であったと気づくことができ、どうするかはこのメッセージに示していただき、コンサートにてメッセージに書かれている状態を経験させていただき、大変ありがたいです。いのちにはたらくちからを正しくあらわし行動に移せることが大変ありがたいです。
2部ではおおいなる存在と一体となりました。一部で見えた光景は2部のメッセージ「愛といういのちのちから」であったのだと感じます。愛というちからを得れば、真に世界中の人のお力になれます。やさしいことこの上なく、美しいことは言葉に表現し尽くせぬ美しさである神聖なる光の雫が生命に注がれていました。いのちにはたらくちからはおおいなる存在、神、人智を超えたちからであります。おおいなる存在と一つである時、生命の芯から安堵しやすらぎます。どこにいてもどのような状況にあってもおおいなる存在と一つに生き、人間とし至福感に包まれ生きることが人間としての人生と考えます。アンコールのピアノの音の澄んだやさしいエネルギーは今も胸の内に輝きとし在り続け、やさしい光に包まれ、生命美しいです。世界中の人の生命に届きますように。。生命の犠牲がありませんように。。。自然と祈りが生まれます。人間の内におおいなる存在が介在してくださり、大変希望を感じます。国々にもおおいなる存在の介在がありますことを祈ります。
ありがとうございます。