みんな素晴らしい命
それぞれが人を『見』ずにもちまえを活かしていたら、人混みもこんなにも居心地良いものかなと感じる第一部でした。なぜだかお席のお一人お一人とともにコンサートを経験しているのを悦びと感じました。第二部は自分たちの命がそんなに素晴らしいものだとはまさか夢にも思わずに生きているであろう若き知人らの顔が浮かびました。年上の自分がまずは自分を雑に扱う癖から抜けていくこと。当然のことかもしれません。しかし何らかの罪悪感が伴うと、それが出来なくなるのです。雑に苦しんで生きなければ、苦しんでいる集合に対して申し訳ないような、コンサートとは対局の冷たさ・・・。みんなで、与えられた幸福さえもひっくり返して、頑張って不幸になろう!一抜けは許されないぞ!という感じの苦しい団結の歴史は自分の中にあった地方特有の因子かもしれません。そういう集合に不幸で居続けて欲しいとはもちろん思わないですが、新しい命の生きていける生き方を選ぶのが今の時代本来当然の人間のはたらきでしょう。それが、ただただ幸せであることだとしたら・・・。細かい言葉は忘れてしまいましたが2023年1月のアントレプレヌールサロンでは、命の尊さをこの上なく理解して参加しているという未来の心根を抱きます。第一部の途中で時空が変わったのを感じ『もう戻らない』と言葉になりました。一人一人のかけがえのない、二つとして同じものの無い、素晴らしい命を教えていただいてありがとうございます。