充実する身体
日々連続のコンサートのメッセージと演奏で経験させていただくことが層をなしてひとつになって深まり理解され今まで生きていたところから解放される大きなはじまりの時をあたえていただいています。
「疎外」というテーマはいだき講座の主題であるとても重要なテーマであることを、あらためて先生からお聞きしました。そしてコンサートの場に身をおき経験させていただきました。演奏をおききしていると、いつのまにか虚ろになっている自分自身のありようがあらわになり、このままでは生きていけない、どうにもならない苦しみを感じました。気がつかないまま、まさにおちいってしまっている「自己疎外」。さらに気がついても抜け出すことができない「自己疎外」です。それが第一部の途中から体に血が通いはじめるように自分自身をとりもどしていくことが起こりました。体を感じ体をとりもどすことを先生の演奏空間で経験しました。最近のコンサートのテーマ「夢か 現実か」や「わびとさび」で問われた問題の核心が「自己疎外」から抜け出すときに解決しているのがわかりました。愛を壊してしまう夢から目を覚ませるかも、歳を重ねるごとに豊かになっていけるかどうかも、この身に力充ちることがはじまりなんだと経験しました。頭にきて頭にとられかけても、これからは変えていける、大きな大きな手がかりを得ました。命のまま生きるプロセスを経験し、生きるとは、をしる先生のコンサートは本当にすごいです。どうにもならない自分個人の限界をこえることが人類史的な人間の解放にもなっています。そして、先生のコンサートを身をもって経験したあと、高麗さんのビデオ講演会をお聞きしたり書き込みを読ませていただくと、相似形の苦しみが理解、整理され、解放されていくのです。このたびの「疎外」のことについてもそうです。学校や教会のことを読ませていただきながら、マルクスが社会や資本の仕組みや宗教のことを疎外論で語られているというのが、そういうことなのかと自分の身にも起こっていることとして腑に落ちました。
すさまじいばかりの連日の重要なコンサートです。先生の存在感が世界に放射されている三鷹・風のホールの舞台、本日もどうぞよろしくお願い申し上げます。堤 康晴