KEIKO KOMA Webサロン

日本の本の神


コンサートホールに着いた時、先生にご挨拶をさせていただくと、最近私が書き込みにて書かせていただいたり、講演会にてお話させていただく「多次元」とはなにかと尋ねられました。先生のコンサートで経験させていただくことをお話させていただくと、正しいこととお伝えいただき、大変うれしく感じました。そして多次元の本来の意味を教えていただき、とてもありがたかったです。まさに第一部のメッセージタイトルであります。そして演奏からはそのものを経験することができました。

「多次元同時存在」

「人間そのもの、社会などをあらわすことはできません。いわゆる神道の用語です。日本の場合の神々の世界をあらわし沢山の神々が祀られていてそうでありながら本は一つの神が中心です。見事なほどに神のはたらきを分散して、神道では分社と云いますけれども、神のはたらきをあらわしています。それで神々と云いアニミズムのように理解される日本の宗教形態ですが実は一神教にもそのまま通ずる神の世界「多次元同時存在」です。」

今日は、第一音から大地の音が聞こえ、固く閉ざされた大地、大地に埋もれる霊魂や魂を救済しようと働き続ける神のはたらきを見、感じました。人間を救済するには大地から救済してくださることを感じ、ただただありがたい気持ちで一杯となり、自然と頭を垂れ、感謝にあふれました。埋もれた霊魂も魂も大地から引き上げられると、それこそ多次元と交流し始めます。常に人間を引き上げ続けてくださるおおいなるはたらきは、多次元と交流できるようにしていただいていることを見ました。先生の音は「多次元同時存在」そのままです。多次元がひとつとなり、本の神は様々なはたらきかけを通して人間や他の生き物にはたらいてくれています。本はひとつでも様々にはたらきかけてくれる神のはたらきを見ました。私はコンサートで経験する多次元は日本の神の世界であったことを知りました。本はひとつであっても分社していまい、部分だけとなると今のように日本人もバラバラとなってしまうことを先生のお話からも演奏からも知りました。西洋では日本の神の世界をアニミズムとし括ってしまうのは、理解できない故とのお話も合点がいきます。多次元同時存在が一ミリでもそれこそ0.1ミリであっても動けば、宇宙をも動く動きとなることを先生が弾かれるピアノの音から学び、先生が一音を鳴らす時に、宇宙全体が同時に動く光景が見え、また先生が音を鳴らすと、宇宙全体が完全に一致しながら動いていくのです。このような表現をさせていただき恐縮ですが、こんな面白い見事なまでの神芸はないと、生まれて初めて見る神の世界、神が動く様を経験させていただき、最高でした。こんなにおもしろい世界はないと感動する演奏でした。神の現れを経験できることほど楽しく面白いことはないと初めて経験しました。真の感動も神の現れにより生まれることを経験しました。人間がばたばた動くことなど、何も意味はなく、多次元同時存在が動くことを先生の鳴らすピアノの音で学びましたので、この動きこそが世界を変えていけると大きな発見があり、喜び溢れます。

第2部のメッセージは詠ませていただくだけで感動しました。

「多次元に通じる愛」

「個別の愛というのは愛といえるのでしょうか。ここでいう愛は普遍的な意味での愛です。誰かひとりのことをしっかり愛するということは、あり方は違うけれども自分達以外のところへ愛がどんどん伝わっていくことを意味します。そのしっかりした愛は地球の裏側にいる生涯会うことができない人々にも波動を通して通じる愛です。そしていずれはあるいは時により即時に波動として帰ってくる愛です。人間存在の普遍性をあらわします。決して大事な命を狭く閉じ込めることではありません。」

地球の裏側にいる生涯会うことができない人々にも波動を通して通じるとは、涙がでるほど感動します。そして波動とし帰ってくるとは。。。最近のコンサートにてその光景が見えていたので、見えていたことは事実であったとより感動します。愛は多次元、他世界に通じていると昨日も書き込みさせていただきましたが、声を出そうが出さずとも愛は通じることが先生のコンサートの経験により体感でき、わかったのです。そして帰ってくることも感じたのです。2部では多次元同時存在とひたすら一致することの訓練をさせていただいた体感でした。ちょうど、ビデオ講演会にてストレスのことをお話していましたが、多次元同時存在と完全に一致し生きていければこの世のストレスは乗り越えていけると体感しました。何をも乗り越えて行けると経験できました。初めて経験する感覚に戸惑い、どのように表現したら良いかと考えましたが、演奏中はただただ多次元同時存在と一致することに務めました。体の感覚はとても不思議な感覚でした。長い時が経ったような、その長い時は数字で表せない程の時です。そうでありながら今であり、この時間の感覚は何かと考えます。昨日の存在論にて過去の経験がすべて生きるとお聞きしたことが思い出されました。それも私が生まれる前、数字では表わせない程前からの生命のはたらき、営み、神のはたらきを多次元存在と一致する訓練の中で学び、経験させていただいたようでした。とても不思議な感覚です。

先生より日本の神のことを教えていただき、分散してしまった神がひとつになると日本は元気になるとお聞するととてもうれしく希望を感じます。演奏中、一神教という言葉を考えた時、私が学んだキリスト教の神は表に現れ、話までしますが、日本の本の神は何故隠れているのかと考えました。隠れていてもそれこそ休むことなく、生命ある存在に様々な現れで働きかけてくださいます。なんてやさしいのでしょう。感謝の気持ちばかりが溢れます。一夜休み、明日はどうなっているでしょうか。コンサートでありながら、日本の本の神に出会える経験をさせていただけますことはこの世の奇跡と感じ、経験したことは活かしていけるように生きていきます。ありがとうございます。

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