時
すごい時を生きています。いだきしん先生のコンサート、講座、髙麗恵子さんの日々の大変化と表現してくださるすべての尊いこと。これまでもすごい出会い、すごい時と感じていましたが、日に日に畏れが増すばかりです。
表現してこそ先へ進むし成長できると知ってはいても、このところ、時間がない、言葉にならないと自分勝手に言い訳していたことをお詫びします。昨夜の「死について」の最後に毎日表現することの重要性を学びました。表現しようとすれば神観念に気がついたり不自由となっていることがわかるのです。自分の中で何がストレスとなっているか常にチェックすることや、はまっていないか確認することは必要です。「常にニュートラル」という先生のお声と共に覚えました。また、前半で「事実をわかろうとすることが頭はたらく第一歩」とお聞きできたことも幸いです。真に、コンサートへの動員を飛躍的に行いたいと考えているのですから、1回で覚えて幼子のように生きられる今が希望です。
高麗様はビデオ講演会で「世俗」とおっしゃっておられたのですが、私はこの世の出来事や仕事について「沙婆では」とついと口に出るようになりました。もちろん◯クザさんが使う其れではありません。どこか妙にバランス取るようなことが気がかりですが、新しい生き方を覚えていくときなのです。12月の崇高な体験コンサートにて、心澄ませば素晴らしい世界が広がっています。人類史になかったまったく新しい人間の生き方が叶うとき来たりと確信し、すべてを変えるときとは自らの身体の変化、苦痛をもってもわかります。ここまで来たら、おもいっきりピカピカに輝いて生きていきたいです。命がけで示してくださる方々がおられる、このことも「もっとわかろうとすること」が大切と考えます。
「死について」講演会にて、いだきしん先生は本当の事を話してくださいました。真に人が先へ行ける話をしてくださる方はこの世でいだきしん先生ただおひとりです。死んだらどうなるのか、周りに生きる人々はどう在るべきか。葬儀現場で嫌というほど宗教家やカウンセラーの話を聞いてきた私は、先生のお話に感動しながらお聞きする反面、自分の中に抑え込んできた感情や自らの曖昧だった態度に嫌気が差してきていました。業界の仕組み等で言えることはすべて言ってきたし改善もしてきました。しかし「死」が伴う直接的なことはご家族や周りの方々へ言えないことが多いです。よく考え整理して、新たな表現をはじめます。
今年11月の誕生日に、新しい会社をつくっていました。「はじまり」という会社名でまもなく法人化の予定です。今日もふたつの講座、講演会の機会に恵まれ心より感謝申し上げます。
高麗様が命がけて抜け出して下さったこと、存在。克哲さんのお気持ち。挙げたらきりがありません。いだきしん先生と常に共に生きる方々にいつも頭が下がり感謝のきもちでいっぱいです。
ありがとうございます。