9/13盛岡コンサート
9月11日月曜日の早朝、夜勤のケアの最中にカーテンの隙間から真っ赤な朝焼けを見驚きました。数分後にはオレンジに、やがていつもの空になりましたが、きっといだき講座の2日目の翌朝だからと感じました。いだきしん先生、高麗恵子さんのなさっていることは大自然の働きと共にあり、影響し合い連動されているのだと畏れ多く感じました。
本日9/13盛岡市民文化ホールでのコンサートに参加させて頂き誠にありがとうございました。
最近は東京や開演前の盛岡で飛び込みの活動をさせて頂いてもなかなか成果が出ず、意識的に頑張っている状態とわかっていながらも乗り越えられず悶々としていました。こんな有様で高麗さんにお会いするのは申し訳ない‥と感じていましたが、入り口のご挨拶で高麗さんよりマーブリングのワンピース姿を綺麗!と褒めて頂き、一気に引き上げられ、本当に嬉しかったです。
第一部はメッセージから涙がポロポロ頬をつたい、先生の体質、お働きの尊さに胸打たれ、救われた1人として人にお伝えしたい気持ちは涙となります。ピアノ演奏は涙ばかりでした。パイプオルガンの演奏は大宇宙を突き抜けてゆくようです。どんどん展開してゆく宇宙空間に身を置いていると、ある懐かしさに胸打ち震え、魂の故郷と感じます。この身体が亡くなったら大宇宙に魂は還り、宇宙空間で永遠の生を生きる魂の世界を感じます。パイプオルガンに現る世界から、これからはこの世で生きながらも、魂あらわし、永遠の生を生きるのだと感じます。
果てない世界
心に
永遠の生
以前京都コンサートで出会わせて頂いた高麗恵子さんの詩を、そのまま経験させて頂いたような第一部でした。
第二部は「純粋」というタイトルで、純粋をそのまま経験したいと感じお聴きしました。
普段の自分の気持ちの出処は〜の為という理由があり、純粋でないのではと感じました。
先生が手をクロスさせる低音のピアノの響きからも、そのまま何を感じるか待っていると、幼い頃に母が眠っている私に子守唄を歌いながら優しく布団の上で拍子をとってくれたことが思い起こされ涙滲みました。自分にとり愛の原型と感じます。演奏が進むと、夜空に光るただ一つの星が想起され、星は心となり、純粋とは魂の輝きのあらわれなのでは、と感じます。光が統合され、余計なものは無くなり、無の体感でした。
アンコールの手拍子は宇宙空間の中を生きる体感でした。コンサート後はただ幸せで、嬉しく鼻歌交じりとなっていました。頭の中は大分軽くなりました。自然の懐が深い盛岡の地ならでの素晴らしい経験を、誠にありがとうございました。