3月2日京都コンサートの経験
3月2日、いだきはじまりの日に、ロームシアター京都で開催されたいだきしん先生のコンサートに参加させていただきました。
第一部「存在」の冒頭は音が清水となって身体を洗い清めてくれているようで、産湯で身体を洗ってくれた若かった頃の母を想いました。活気に満ちた母の優しく触れる手のぬくもりが蘇り涙が溢れました。
内面に触れる繊細な旋律には、常に共に在り続けてくれる存在を感じ、包み込むように空間に広がる美しい音は、長く続いていた神経の痛みをほぐし深く癒してくれました。
第二部「触れなくなったとき、何が起きるか」
メッセージの中の「どんな時代でも、目の前の人を守ろうとする体がありました」という言葉が心に残りました。
怪我をしたとき、看護士さんが優しい手で患部に触れ丁寧に処置をして下さったこと。美容師さんが細部まで丁寧に髪をセットして下さったこと。そうした瞬間に自分は大切に扱われるべき存在なんだと改めて感じます。演奏はその様な体験を思い出させてくれる安堵するような優しく心地良い演奏でした。
音は空間の境を溶いていく体感でした。
いだきしん先生の表現から生まれる空間は、人間が人間性を取り戻す場であり、この身体で経験できる価値は計り知れません。
世界の危機的状況の影響もあるのか、ここしばらく神経が痛むような頭痛を抱えており、時間や体力など決められた条件内でいかに上手く対応するかに神経をすり減らしている自分がいました。
しかしコンサートを経て「生まれてくることで答えを出せば良い」という可能性を感じました。
それは今迄の自分には無かった思考です。
生まれてくる身体にしていただいていること。
その環境を創り続けて下さっていること。
いだきしん先生のコンサートは、経験するたびに関係も人生も深まってゆくのだと感じた京都でした。
出会いに感謝です。
本当にありがとうございました。
