高句麗伝説まで
今日も高句麗伝説に行けた事 ありがたく思っております。
先月の、迎賓館コンサートから 沢山の気づきがあり。本音に近づく度に恐怖に囚われたり、虚しさやどうしようもない生きづらさから 苛立ちを覚え、どうしたらいいっていうのー!と 心の中で叫んだところ 先生に届いた感覚を得ました。
その時 先生から光で返していただいたような気持ちになり、涙が溢れてきました。
その後からは、焦る気持ちがなくなってきたのと どうにでもなるようにしかならない と気持ちが固まり、経済に引っ張られるという意味が少しわかるようになりました。
先日コグリョカフェで 高麗さんに書いていただいた自分の本音にも 昨夜気がつく事ができ(多分)それは「人助け」という言葉で出てきました。
人助けなんて 傲慢、偽善、奢りだと思っていた自分が 本当にやらたかったことが人助けだったり 人の役に立つという事に 驚きました。
長いこと 人助けは自己犠牲の上にしか成立しないと思い込んでいたことに 自分でも呆れています。
大切な事に一つずつ 気がつく事ができています。ありがとうございました。