郡山高句麗伝説
小学生の頃、夏の旅行は鮎釣りが趣味の父と海の幸が好きな母の行きたいところということで毎年岩手県の安家というところに行くことが多かったですが、東北新幹線ができる遥か昔でしたので寝台車で行きました。栃木県に生まれ育った私や家族に取り、東北に行く橋渡しと言うか玄関口のようになっていたのが郡山で郡山まで普通列車で行き、そこで凍ったみかんやお菓子を買って寝台車に乗ると言うのがいつものパターンでした。それだけなのですが郡山は東北の玄関というイメージがありました。
車を降りたらすっかり涼しい風が吹いていました。
郡山での高句麗伝説は始まりから圧倒され最後まで背筋を正してお聞きしました。異次元の空間に身を置かせて頂いたと感じました。福島での開催なので頭では高麗さんが語ってくださる詩には白虎隊のことや悲しい歴史を語り紐解いて行くような詩を読まれるのではと勝手に思っていました。が、高麗さんが語って下さった詩は東北の悲しい歴史や地や海に埋もれる魂という表現はあっても語って下さる詩の全てが新しい時代はすでに来ていて今生きる私達人間も過去に生きた人の魂も総出でこれから生きる人達の生きられる世界を作って行く時を表現して下さっていると感じました。
演奏される先生のお姿を見るとそのお姿だけで嗚咽こみ上げそうでした。言葉で「先生の存在が現れていて」などと安易には言えないのですが先生のお姿は静かにお立ちになっていらっしゃるのに圧倒的なすごい存在と感じました。たまたま前にお座りになっていた地元の方々も最初は(圧倒されていたのかもしれませんが)静かにはお聞きになってはいらっしゃいましたが拍手もされていなかったのですがアンコールの時に高麗さんが詩を語られた時何度も目頭を押さえられており、高句麗伝説にて魂蘇る経験をされたことを感じました。
あまりにもすごい高句麗伝説で言葉で表現しきれませんが、アンコールの時には号泣が止まらずこの高句麗伝説を経験したなら今までと同じように生きて行くことなど 絶対できないと感じました。
今日はまたまた恥ずかしながら初めて東北の応用コースに参加させて頂きます。先生焙煎コーヒーを販売するなら参加しなければと感じていた東北の応用コースです。どうぞ宜しくお願い致します。