軸
雪降る比叡山を下り、京都事務所での「存在論」と応用コースを経験させていただき、今日も多くを学び、多くに気づき、新しい人間となっていける喜びと希望を感じています。寒い中にも早くも桜の花が咲いています。狂い咲きとの表現を先生よりお聞きし、私はただ桜を見ているだけで、春が来たように感じ、うれしくなるのです。
存在論でも応用コースでもここ最近経験したことをそのまま見ているようにお話くださり、全ての原因も抜け出し方もわかり、とてもうれしいです。スペインへ行った時から体中が痛んでいました。滅多に腰など痛くなることもないのに、帰国後は座っているだけで、腰が痛み、不安になるのでした。比叡山に向かう日、椅子に座っているだけでも腰が痛み、長距離を車に乗ることに不安を感じ、思わず先生に体中が痛いとお話してしまいました。先生は運動なんかしなくても中心を決めてちゃんと立つだけで良くなるとおっしゃいました。私はお腹の底を感じると、生命の軸が戻ってきました。軸が決まっていないから、と先生がおっしゃり、軸なしとのお言葉にうなずくよりない体の状態でした。それ故に、いつも地に足がついていない感じが気持ち悪く、不安定であり、心ここにあらずの状態でいつも頭の中が勝手に走り出すような感じがとても嫌でした。軸がないとこんなになってしまうことを身をもって経験しました。その理由は今日の応用コースにて先生がおっしゃいました。まわりが大変な時代なので、まわりのせいにしたり人のせいにすると軸がなくなるとのお話にスペインでの経験が全て整理できました。イベリア航空に乗った時から、働く人、乗客に終わり行く人の影を見、皆死んでしまうと身震いしました。マドリッドの空港に降り立ち、以前降り立ったマドリードの風も香りもなにもなく、他の国に来たのかと一瞬、間違って降ろされたかとも感じ不安を感じました。街は真っ暗で、光が見えません。目に見える光のことではありません。ホテルは、幽霊屋敷かと思う程、あの世の空気があり、生きた心地がしませんでした。皆で最初に頂いた食事は、例えようがなくまずく、体の為に少しでも食べておこうと言い聞かせ、一生懸命食べてもとても食べられるようなものではありませんでした。ホテルの朝食も喉を通るものがなく、靴が合わずに足が痛み、そのうち全身が痛み。。。と嫌なことを言い出せば、このようにずらずらと書いてしまいます。スペインのせい、食べ物のせい、靴のせい。。。全てはまわりのせいにしていた故に、軸をなくし、全身痛んでしまったのだとやっと全てを理解しました。同時に先生から軸を決めとおっしゃっていただき、きちんとまっすぐに立っただけで、気持ち悪い程痛んでいた全身の痛みがなくなったのです。凄いことです。今更ながら恥ずかしい限りですが、今日、応用コースにて時代が変われば、生き方も暮らし方も変わらないといけない時が来るとのお話をうかがい、深くうなずきます。今までは元気に生きてこれましたが、これからは軸を決め、改善すべき生き方は改善し、体を大切に生きていくことを常に工夫し、生きていくことを心に決めました。自分のノートを創り、自分の物語を創ればいいとのお話は最も心がときめき、わくわくしてきました。久しぶりのわくわく感でした。実は最近、何がとはっきりとわかりませんでしたが、今考えれば軸がなかった故に辛いと感じることが多かったのです。毎夜、自分ノートに誰にも見せないつもりで詩を書いていました。自分では魂の詩と名づけていました。意味を考えると書けなくなるのですが、生まれる言葉を記していくと、自分にはとんでもない予想を遙かに超えた未来が待っていると感じ、心がときめくのです。ノートに詩を書いている時間が最も愉しく、生きていく希望を感じました。夢でもいいと覚悟し、生まれるままに詩を書いていました。自分物語を創るとの先生のお言葉に万歳しました。日々、書き言葉により答えを見いだし、大変助かっています。それも美しい言葉を使うことを何度もお話くださり、美しい言葉でなければ意味がないとわかります。悪い言葉は人やまわりのせいにしているからともよくわかります。
内面に自己を超えた働きかけを受けるお話はとても喜びを感じます。存在論でも「ほんもの」とは何かとの問いかけがとても興味深く、聞き入りました。ほんものは自分を超えた存在と考えます。エチオピアのラリベラの教会に行った時、私はここがほんものと叫びました。今までの価値観がひっくり返りました。生きているうちに本物に出会えて良かったと心から安堵しました。作り物を基準に生きる嘘のうすっぺらな人生を生きる為に生まれてくる生命でないのに、そう生きることより知らずに死んでいくことを考えると、やりきれないでは済まない気持ちです。先生は教会は神の社とおっしゃいました。ラリベラの教会は神の社だったので、ほんものと出会う衝撃を受けたのだと理解できます。自分を超えた存在は神であり、今の時代では今まで現れでることのなかったおおいなる存在と考えます。自分を超えた存在がはたらきかけてくださる内面の状態を先生の講座、コンサートにて経験させていただいています。これからの時代を生きていく生き方です。先生は中学一年の時に、イエスキリストに会いたいと望んだこと、会える内面を考えられた事、何時お聞きしても凄いことと考えます。その御方にお会いできている自分の人生を受け止める時、毎夜自分ノートに詩を書いていることも夢ではなく、現実と感じ、内からいいようのない喜びが湧いてきます。
SNSのご質問もありましたが、3時間以上やっていると神経がおかしくなるとのお答えに深くうなずきます。iPhoneを持っていると、軸がなくなると実感する経験をしています。抜け出していく為にも、内面から生まれる美しい言葉を表現することに努めます。辛い時や苦しい時は、何かが間違っていると受け止めています。軸がないとは苦しいことは当然のことであったと苦笑します。世界が危機であるとはこのようにまわりを見ただけで軸をなくしてしまっていた経験からも、わかりました。危機であるからこそ、内面豊かに美しく生きることと深くわかりました。ありがとうございます。