言葉
4月はまったく予測もできないはじまりとなりました。正に命拾いの最中であり、このままで死んでしまえば人生の意味も存在も無かったで終わってしまうとわかるのです。4月1日京都コンサートホールでのテーマでありました「エクソダス」につきましては本日の講座でお聞きし、理解し、経験を活かしたいと考えます。「愛という強い連帯」は身の内で日に日に実感できており、先月、生きる力、戦う力を養っていただき、人類最初で最後のチャンスと感じます今この時に平和実現へと向かう力、無駄なき力を備えていきたいと考えます。2日の迎賓館コンサートでは驚くべき経験をしました。それは力不足で表現できないのですが、帰路より、生命の言葉か否かをからだでわかるようになっていました。いだきしん先生にお会いした当初より「言葉」のことを学ばせていただいています。親や学校で習った言葉は言葉でないということは衝撃でもあり希望でした。迎賓館を後にする時から生命の言葉以外は違和するようになりましたので、極めていきたいと考えます。気づいたきっかけは「音」でした。楽理的にはありえない、先生の和声がなぜ、こんなにも心地よく聴こえるのか。高麗様のお声もお話もずうっと聞いていたいと感じるのはなぜかを考えていました。「音」一つひとつが「真」でありました。真の方ですので当たり前と言えば当たり前なのかもしれないのですが、瞬間瞬間「真」の連続でメロディーも言葉も成り立っていきます。音は波動ですので空間に影響を及ぼします。もちろん内面にも。そう考えますと、無駄な話やゴミのような言葉を使うだけで空間を黒くし、感受性が卓越した方々のお身体に悪影響を与えます。コンサートや講座の時だけ「良い経験をした!」と喜び、一歩出れば普段通りのことをする繰り返しはもう、大自然が許さないとわかります。同時に「奇跡」「幸運」と言葉は使っていても、いだきしん先生にお会いできたことの重大さをまだわかっていないのではと気づきます。
私はIDAKIに出会う前はボランティアということが偽善的に思えて、それまで何一つ参加する気になりませんでした。ボランティアという意識もなく、高麗さんに「チケットいかがですか?」とすすめられることがうれしくて、受講当初より預からせていただいておりました。DM作業やポスティングで「奇跡の、伝説の営業マン(麗しき女性ですが)」から仕事を習える大チャンスです。お仕事のなさりようもスピードも考え方もまるで違い、楽しくて仕方ありません。授業料もお支払いしないで学べるなんてと申し訳ない限りでしたし、今でも、仕事を習うには此処より無しとの考えは変わりません。1992年「愛と平和のエネルギーを沖縄から世界へ」という2日間にわたるコンサートを開催して下さった時、いだきボランティアはST実行委員会となりました。はじめのミーティングで先生が「いいことやっているという意識の人は今すぐ辞めて下さい」という内容のお話をされた時に感動しました。プロのボランティア此処に有りと感じ、歴史的なボランティア活動に参画できることをとても光栄におもいました。この度、難民支援活動にあたり、あらためて思い出し、先生のお話に胸を打たれました。
「死について」にて、「死を悼むことはありません」の御言葉をお聞きした時は衝撃的でしたが、悲しかったり泣き止まなかったりする理由を考えてみる時、とても納得できたのです。かつての老人ホームで先生が職員さん達を指導された様子がリアルに浮かび、私もコーチングしていただいた気持ちになりました。ありがとうございます。
比叡山の美しい桜は心の中に咲いており、お写真アップに感謝します。
マーブリングは益々迫力が増し、新しい生き物のようです。
「神性顕る時代」今世紀に入りコンサートのメインテーマにしていただいておりました。今、実感でき、生きる意味、生まれてきた意味、出会えた意味をより深く考え、尊い人生をまっとうできるよう楽しく努めていきます。
ありがとうございます。