表現の場
東北センターでの「応用コース」と「死について」、そして弘前でのイベントの内容を有難うございました。
「応用コース」のお話にありました「心配」が一番体に悪いというのがすごく共感しました。今の職場の人はほとんど「心配」が軸となり動いているように感じます。
先週の金曜日に異動前の上席と新規企業のキックオフミーティングに行ったのですが、その企業とのメールでのやり取りにCCにその上席を入れるようにと言われ、その理由も「監視・管理をしていないと心配である」ことを感じ取りました。その上席もそうですが、その前の上席もいつも咳をしており、正直こんな状態で日々仕事をしているのは私であれば耐えられないと感じました。
日中は周りのエネルギーを受け疲労と重く狭苦しい空気を身に感じ重くなりますが、帰宅するとホッと息抜き出来る空間があり有難いです。
イダキを受講した自分は先祖の代表として何をする?
最近とみに思います。
受講していない妹と弟は、表現は悪いですが生き方は変わらず、です。ですが、私は受講前から自分が知っている世界を超えた環境に行く傾向がありました。受講後も、自分が考えているちっぽけな世界を超えた環境を見聞きしていると感じます。
今週の日曜日は京都です。この日は着物を着ようと思っています。これも偶然ですが、もう十年ほど前にすごく素敵な振袖を購入した青山の古着の着物屋さんの入っているビルに契約企業がありました。その企業の訪問後に立ち寄ると一目ぼれして購入した着物でコンサートに向かいます。
その分働きますし働く機会を得ました。今年に入ってまた少しずつ入ってきた美容部員の仕事で先日大宮に行った際、普段は全くお化粧をしないという50代位の女性が「いつもは安い化粧品しか使っていないけど、あなたを信じて清水の舞台から飛び降りる覚悟で購入するわ」とおっしゃって商品をご購入くださり、とても嬉しくなりました。
「不安・恐怖・心配」が軸ではなくこういう感じで仕事をすればよいと感じました。
表現の場を有難うございます。