自然のプロセス
先ほど、琵琶湖にて収録された高麗さんのビデオ講演会を拝見いたしました。お話の中に、
「自然の木の葉がピカピカに輝いている日もあれば、萎れてしまっている日もあり、まるで私のようです。いい悪いはなくて、プロセスを生きればいいと感じました。」
というようなことをおっしゃっていらっしゃるお言葉を聞いた途端、小学生の頃の日常が尊く感じで嬉しくなりました。
私の場合は、自分の打たれ弱さをずっと弱点と感じ、人と話す時に身を固くし境界を作っていました。小学3年生の夏に転校し、はっきり物を言う女の子たちの言葉に傷つき境界を作り、自分勝手に、いじめられていると感じて苦しんでいました。けれどもその女の子たちと私は一緒に生きていて、自分勝手に悩み苦しんだ時も、私の人生で尊く愛おしいことだったのだと身に沁みました。その子供時代があって、今の私があると感じます。
先日の13日14日の高句麗伝説コンサートを経験し、15日の応用コースの配信を視聴した後の16日、職場で私の境界が崩壊しました。怖いと感じていた同僚から、私が怖がって緊張していることに「大丈夫?」と声をかけてもらえたのです。びっくりして思わず「わかっていただいていた!」と喜び溢れて返答し、境界が崩壊しました。その後、もう一人怖いと感じていた同僚からも、「大変そうだから、あなたの役割を何とか早く終わらせてあげたくて」とサバサバした、これまで私が怖がっていた口調のまま言ってもらって、その瞬間嬉しくて境界が崩壊しました。
それからは、感じやすくて押し出しが弱く、慣れない仕事で忘れっぽくて、出来ないことが多くても、緊張しないで安心して働けるようになりました。怖がって緊張続きだったその同じ環境で、境界を作らず安心してそのままの自分でいられる感覚を、初めて経験しています。
個人的な小さなことですが、私にとっては境界が崩壊した新しい世界の誕生です。
安心できる世界の誕生です。
ありがとうございます。
高橋陽子