KEIKO KOMA Webサロン

美しい生命


外へ出ると、春風に吹かれているようで、とても懐かしく、子供の頃に未来に希望を抱いて生きていた時に吹いていた春風を思い出す今日でした。富士山も凛としたこの上なく清らかな美しい姿で登場し、なんと晴れ晴れしい日であることかとコンサートを祝福してくれている自然のはたらきに感謝します。

コンサートタイトル「亥年にちなんで」はとても予想外すぎて、驚きました。内容も驚きでした。十二支の一番最後なので、「次のはじまりに向けて新たなエネルギーを蓄える年でもあります。終わりと共に新たなはじまりに向けて準備をする年です。猪武者という言い方があります。思慮を欠いてがむしゃらに突進する武士やそのような人のことを言います。それでは来年に実りを蓄えているような状態ではありません。十二支の最後に亥をもってきた昔の人の思慮深さを想います。アジア全般に十二支があります。全身全霊、天賦の才を活かして一日一日息災であることを強く願います」とのメッセージには十二支に深い意味があることを知り、大変驚き、知らなかったことを学べ、昔の人の思慮深さに頭が下がります。アジア全般にあると知り、考える時に、人の健康と幸福を願い、生命の営みのリズムや仕組みを見出してゆかれた賢人を感じ、感謝しアジアへ向かっていく風を感じ、胸がひらきます。演奏は、亥のイメージとは程遠く、私には神の音と聞こえました。図形を言葉にするなら神となる図形が見える音の連続に、先生の表現は神、おおいなる存在の表現ということが改めてわかります。

恥ずかしながら、私には神様か神と言われる悪魔が後頭部に取り憑いているとしか考えられない反応が起こります。後頭部にネジでも巻き込まれているような反応が明らかにあります。巻き込まれたネジを先生のはたらきによって巻き戻していただいている体感なのです。私は自分で動いてきたと思っていますが、神のような力に動かされてきたことも多いのではないかと考えることが続きます。が、今日のコンサートにて自分で動くとはこのようなこととわかる経験をしました。過去は動かされ動くことよりなかったことも甚く身にしみます。

第2部の「禊祓」には感動し、心の中で驚喜しました。全文が素晴らしいメッセージですが、ここでは一部を抜粋し掲載させていただき、恐縮です。「生命あるものの美しいこと、美しいものにまとわりつく不浄なる、ある場合は巨大なエネルギーを秘めた神のような悪魔。そこからさらに、強く生まれでた光明。」に心が強く反応し、神か悪魔かと私には紙一重と感じるエネルギーに取り憑かれたか、動かされたかと考えざるを得ない反応が起こる自分の生命を感じます。ふと、最近のことですが、以前であれば何でもやりたいようにやれたこと、というより、思うようになったことと表現する方が的確と考えることが、思うようにいかなくなったと感じることが続いています。本音と思いの違いについては常に先生からお話いただいています。思いは頭で作った空想の産物なので、自分勝手なことなので、思うようにいかないことは当たり前とのお話です。深くうなずく経験を山程してきました。が、さすがにうまくいかないので、身をもってわかる経験となり、本音で生きることに徹してきました。最近になり、これも紙一重と感じるのですが、本音からはじまったことも、意志と我の強さも加わり、やりきるまでやっていくので、必ずなんとか成ってきたこともならなくなってきたのです。先生があらわれ、真に純粋な気持ちだけが必要であり、我は一切無効と思い知り、笑いがこみ上げてきます。良い時代となると見えます。私も営業では東京都でナンバーワンとなっていましたので、やりきる経験を身につけてこれましたことはありがたいことと感謝しています。仕事をやれる人はやりきる意志の強さと紙一重の我の強さがあるとも感じてきました。良いことなのか、悪いことなのかは常に葛藤することが多かったです。世界を変えていく為の我であればまだ許されるということを、ある場面で感じられたので、通してきました。が、世界を平和にすることであっても我があっては今後は成っていかないとわかると、大変うれしく喜びが湧いてきます。やっと真っ当になれる希望が生まれます。「不浄な身には不浄な事がまとわりつき、時により身を滅ぼします」とのメッセージも心痛みながら、合点がいくのです。世の中を見れば、正にその状態と見えます。先生の演奏から見える図形はおおいなる存在のメッセージとの表現が生まれます。私は、神と紙一重の悪魔に狙われたような体感があり、悪魔に入り込まれない美しい生命、心となることを心から望みます。演奏をお聞きし、自分で努力してもどうにもならないことを思い知ります。真剣に禊を。。。と望むと気が狂いそうになります。悪魔に狙われるのも歴史的なことが関係していると見えるのです。自分一人で抜けだせるようなものではないと身にしみ感じます。抜け出し口は、おおいなる存在とつながり生き、常に美しい心で生きることに徹していくことよりないとわかりました。自分がという我があっては美しい生命にはなれません。自分がなどはどうでもいいこととわかります。これからは徹して美しく生きることと今後の生き方ははっきりと見えました。神と表現して良いのか、おおいなる存在と表現して良いのか、先生の演奏から現れ出る神聖なる存在とつながり生きることが美しい生命となり生きることであります。自分ではどうすることもできない禊祓をたった2時間でしていただき、どんなに感謝してもし尽くせないことであります。この世の奇跡であります。

コンサート中に感じたこと、気づいたことは山程あります。が、ここに表現させていただくことはほんの一部であります。経験は生きることで表し、活かしていきます。今日も私の東京の家は電話が不通となっていたため、専門業者の人が来たり、車の故障もあり修理の人が来てくれたり、コンサートへ出発前はガレージのシャッターが閉まらなくなり、また修理の依頼をし、来ていただいたり。。。と滅多に起こらない故障や異常がよく起こります。が、調べていただくと異常も故障もないのです。この書き込みもコンサート後はトラブルが多く、大変な労力を使います。その為、たくさんの経験をさせていただいていますコンサートのことも、全て表現しきれないでいます。シャッターはすぐには治らない状態でしたが、自宅に帰り、再度押したら、動いたのです。まわりにいる人は信じられないと驚きます。私も何故いつもこのようなことが起こるのかと考えます。いだきを始めた頃からずっと電気関係はトラブルが多く起こっていました。最近も多いです。うまく表現できませんが、何かが大きく変わったことを目には見えずとも、空間に動くエネルギーでは感じています。大きな組み換えが起こっている音が聞こえます。思いは一切通らなくなっており、大変素晴らしい時代が幕明けたと感動します。益々美しく生きることが必要な時代となっています。普通ではできない禊祓をしていただき、美しい生命となり生きていけますことに深く感謝します。ありがとうございます。

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