美しい月夜にて
昨夜も今夜も、絵に描いたような美しいお月さまに心癒されます。昨日は近所のクリニックに入社用ために必用な健康診断を受けに行ったのですが、待合室でみたTVの映像にはモンゴル砂漠に吹く砂嵐の映像でした。今日は朝から強い風が吹いていて、まるでモンゴルの風が昨日の映像からここまで吹いてきているように一瞬錯覚をしてしまいそうでした。
新しく始まる職場は学校の先生がリーダーなのですが、今日はその先生から連絡が来ました。
なんだかおかしくて、魂が何処かにいっちゃってるみたいだな、と感じるような話し方をされ、大丈夫かなあ、と心配になりました。心配したのは相手の方のことではなく、自分の事です。かつていだきに出逢う前の自分の状態もかなりおかしくなっていて、おそらくこのような話し方をしていたのではないだろうかと感じ、昔の自分を見ているようで、恥ずかしくなってしまいました。それは。。教科書を読んでいるみたいに、こちらに携帯電話で話をしてこられたので、電話であって相手の顔が見えなくても、それはとてもヘンテコな感じだったのでした。
それではコンサートについて。。。
一部ではよくわからない体験で、感動も何もない、掴みどころのない体感です。
二部のパイプオルガンの終わり頃、先生の演奏にようやく解放され自由を得ました。そして、一部では固まっていたのだ、ということがわかると、それは今日の自分のある行動により作ってしまったことに原因を感じたのでした。二部のパイプオルガンがおわる間際には、自分で、固まった自分をぶっ壊してやる、と強い表現が生まれました。続くピアノ演奏にようやくなり、聖なる継続の意味が、ああこれだった、と、本音に出会うことですんなりわかったら、今度は、先生のピアノの音の本音があまりにも美しくて、カッコよくて、たまらなく、魂のストライクゾーンに命中するかのように入ってきて、生命ひとつになり、なみだ、なみだの感動の渦でした。今度の職場は、この度の経験で予測しますと、ハードらしく、ここで生きていくため、真の自分を保つために、ひとつ作戦も生まれました。優先順位を間違えることなく、第一にいだきを、心において、動くことしながら、する、です。また日夜、やることも。。。一部の状態から何か未知なるものを感じとり、今後の見えない空間に、心ひそかに挑む、新しい戦いの前夜祭のようなコンサートであった?と感じます。前回まであった職場で、困難艱難を乗り越え、ええっ、今度は。。??と、なんとなく感じる直感にものを言います。いだきは、人間とは何か、を深める最良の人生でありますこと、先生と高麗さんに出会うことなくしては、成立たない道であると感謝しています。全ては未来への糧にと。。
誠にありがとうございます。