神性
鋭い寒さの中でも、先生が焙煎してくださったコーヒーを、先生が自ら淹れてくださり、先生が作ってくださった器でいただくお浄めコーヒーは、身が引き締まり、魂に喝を入れられたようでした。コンサートを聴かせていただくに際し、姿勢を正していただく尊い機会となりました。今日も出かけようとすると胸が苦しくなり、ふと気づけば胸の苦しみを気にしているので、気が散漫となっていることをコーヒーにより自覚できました。演奏が始まってからは真剣勝負で聴かせていただきました。胸の苦しみの原因も真剣に目を閉じ、自分の状態を調べました。先生のピアノの音は「神」という言葉になります。全ての音が「神」という言葉になります。次第に胸の苦しみは神を抑え込み、封じ込めた故と見えてきました。先生のピアノの音は神を封じ込めている黒い幕を解いてくれます。煤のように見える黒いものにより神を隠してきた覆いも解け、神が現れました。人間は神宿る生命と体感しました。心の中で先生に問いました。「人間は神から生まれたのですか。神が宿り生まれたのですか」と。。。その時、「神性顕る時代」「D ivine Age」と気づきました。21世紀は神性顕る時代とおっしゃり、コンサートのメインタイトルとし、ずっと20年間もコンサートを開催し続けてくださいました。人間が人間となるように元々備わっている神性を取り戻すことをずっとしてくださったことに目が覚めました。胸の苦しみは神を隠している故であり、神を抑え込み封じてきた故と見えました。自分の意識でもしたのでしょうが、体制内で生きるとは神を隠さねばならなかったのだと見え、悲しみが全身を走りました。同時に、全てが解き明かされ、日の目を見る時が来たことに喜びあふれます。ふと母の体内に発生した瞬間は神と一体であったとわかる瞬間がありました。2日の応用コースにて、今までの人生が見える経験をさせていただき、その夜に、あまりに愛おしい香り、風を感じ、澄んだ青い空が見えました。幼くして亡くなった姉を呼び、涙しました。今もその愛おしい香り、風を感じるだけで涙こみ上げます。この世の子ではないような綺麗な子だったので、この世では生きられなったとは母によく聞いていたことです。この姉が亡くなったので私が生まれたともよく聞いていたことでした。私は姉の人生までも生きていくことを考えると、普通の人生など到底生きていけないとは常に考えることでした。それも、先生にお会いしてからは先祖の代表で先生に出会わせていただいたことがわかるにつれ、こんな樣で死ぬ訳にはいかないと常に考えます。人間は自分がこの世に発生した瞬間を記憶しているのだと目が覚める経験をさせていただき、休憩後の先生のお話をお聞きしました。先生がそのことをお話くださったので、心の中ですごい、と唸っていました。今日のお話は昨夜からずっと考えてきたことであったので、驚く程、付合していることがうれしく、理解できることに驚喜しました。冒頭におっしゃったことは私も感じ、皆様にお出ししていませんがメッセージを書き、メールをさせていただく予定でいました。今までのように生きていると倒れてしまうこともあるとは見え始めていたのです。一人一人真剣に考え、真剣に人間とし真っ当に生きる訓練をする時と考えます。人間は神から生まれたとの表現には胸の内が打ち震え、涙しました。前半の演奏にてそう感じる経験をさせていただいたのです。
お話の後の演奏は涙よりなく、生まれてきた意味も生きる意味もよくわかり、やることもわかり、今ここに生きて居合わせられる恵み、幸せに深く感謝するばかりです。一人の人間がこの世に生まれてくることは奇跡と感じます。奇跡的に生まれた生命が生きていけない世の中は人間が生きる社会ではないとずっと感じ、人間が生きていける社会をつくりたく、いだきをさせていただいています。今日は美しい生命が生きていける世界を創る為に私は生きていると涙をもってわかりました。それは長い歴史の流れも見え、今ここに居る理由がわかりました。自分を疑い、隠すことにより神を隠してきたことも見え、真の自分を表すことは神を表すことにも通じていくと見えると、あまりに光栄なことに驚喜し、感動の波が全身を貫きました。涙、涙のコンサートです。神共に生き、神共に在ることを先生の演奏から実体験しました。胸打ち震え、美しいコンサートは終わりました。最後に先生がおっしゃったお言葉も私的にはあまりに図星で痛快でした。これからは日本の神が喜ぶコンサートをしないといけないとおっしゃり、その場を作ってくださいとのお言葉に生命喜び「はい」よりありません。神様の様子を表現されたお言葉が演奏中に見えたので、あまりの図星の表現に笑いがこみ上げてきたのです。今後のやることは示され、自分でも見え、やれる喜びに満ちています。人間とし生まれ、これ程光栄なことはありません。これ程生まれてきた意味があることもありません。真の自分を表し、神を隠さずに生きることに向かいます。
先生に出会えた意味は自分ではわかっているつもりですが、今日も長い歴史の流れの中で自分が生まれた意味が見え、魂震えます。目を閉じると高句麗、日本に来てからの高麗は煤のように黒い霞がかかり人には見え難い存在と見えてきました。つい最近まで見る夢は高麗家の煤払いでありお掃除をしている夢です。お掃除をしてもしても終わらない夢でした。神を隠してきたことと同様に、高麗も隠してきた感覚が常にありました。それは生まれる前からであります。胸の苦しみの理由のひとつがこの煤であるなら、私は全面に高麗を表していく気持ちが生まれました。まもなく、東京で「高句麗伝説」を開催させていただくことの意味も見え、魂震えるばかりです。
迎賓館での先生の演奏をお聴きできます幸せを今日も心から感謝しました。思い切り表現できる場と感じ、おおいなるはたらきかけにより迎賓館を作らせていただきましたことの意味はこれから現ると見えました。世界を変えるコンサートを開催させていただけますことは真に光栄なことであります。この時代に生き、先生の表現をお聴きできます幸せを世界に伝えていくはたらきをして参ります。ありがとうございます。