神からの啓
府中でのコンサートを有難うございます。
何故今日突然のようにこんなに素晴らしいテーマでの演奏をお聴き出来るのか不思議な程に待ち望み、願っても来ることがない時を迎えた喜びに満ちていました。
テーマとされた啓とは人間から人間に与えられる知識を超越していることを澄み切ったピアノの音から知ります。神と通じ真正面に向き合う在り方で生きて頭も丸ごと繋がっている心地良さをそのまま経験しました。
椅子から遥か上に上がったまま降りて来られず何度も着地しようとしている不思議な体感でした。新しい生き方を見つけ続け新しい世界に着地することは毎日続きます。
第二部では大いなる存在現る音に更に畏れ入りました。海底とも天空、宇宙ともつかない広い世界がその内面にあり、私たちのような自分という枠や部分が究極的に何もない生命の広大なことを知りました。宇宙の遥かな果てにある岩のような星までも自分の存在を受け入れて頂き喜んでいる様子が見えるのです。
大いなる存在に出会えば人間は一瞬にして変わり、生命体として変わり、新しい生き方は当然見つかります。何故普通の人間として生きるのか不思議と言われている様です。
どのような言葉も今まで表現していた愛という言葉も安っぽく感じるほどの無上の愛の幸せに満ちています。
秘密を現すピアノの音はいつにも増して素晴らしく一音一音のつややかな生命のような音に感動し続けました。大いなる存在と出会い、少しでも部分的な愛はもはや愛でなくなり、人類が生き延びるとしたら核となる世界を変える愛が顕になるひと時でした。
意志のあるところには必ず働きかけがあり未だ見えていない道を示し導いて下さる今、新しい生き方を見つけ続け皆で生きて行く共感の時と感じます。確実に人間は岐路に立ったと感じています。今まで通りに生きる道はなく新しい生き方を見つけるよりない今、京都での日々に向かいます。有難うございます。