真は時間を超える
盛岡の家の窓を開けると、雨に濡れた桜の花、黄色の花、白い花が咲いていて、外は楽しそうと感じ、散歩したい気持ちでしたが、雨降りでしたので、眺めるだけにしました。素敵な風景を眺め、今月も盛岡に来れて良かったと喜びが生まれました。東北センターにて、ぬくもりあふれる空間で先生の講座のお話をお聞きできる機会はかけがいのない機会です。今日も「存在論」「死について」の2つの講座はあっという間でした。終わった後に今日も終わるのだと気づき、時間を忘れる先生のお話は真故と言うことが生命をもってわかりました。真を生きる時間は時間を超えていると経験できました。「死について」にて時間のことをお聞きしました。時間があっているとおおいなる存在、神がはたらく時間になるとは希望です。今までの時間は悪魔に支配されているとやりきれない気持ちでいました。これからはおおいなる存在がはたらいてくださる時間を生きていけるとは希望を感じます。時間が合わないと苛つき、関係が破壊するとのお話もよくわかります。時間があっていないのに同じ屋根の下で時間だけ合わせていることの異様さも見えるようにわかります。時間があっているか否かで考えると、人間とし真の人生を生きているか否かも見えるようにわかることを学びました。「存在論」にて世界一になることを考えたことがあるかとの問いかけから胸がひらき、目の前が拓かれました。何をして世界一を目指すかと考えても何をするかは考えられませんでしたが、世界を変えるという人類史上初めての活動をしたい気持ちだけは生命の中心にあり、強くあります。今までの悲しい人間の生き方が変わり、生まれ持っての運命を生きる悲しい人間の歴史が変わり、生まれ持っての資質、能力を活かして人間とし生きる意味、存在する意味がわかり、実現できる平和な世界を創る為に世界一になることを考えるならば、生まれ持っての資質を表すこととまでは考えました。魂の声、大地の声、自然の生命の声が聞こえる生まれつきの感性というか資質を活かし、世界を変える活動に貢献したい気持ちを新たにしました。今後のコンサートの動員活動ばかりが心に浮かび、やることがたくさん見え、見ているだけで大忙しとなり、笑いがこみ上げました。
先生のコンサートにて新しい生命を得る経験により、生き延びています。古い体質や感性、感覚も頭のはたらきも全て生きていけないことは身に染み経験しわかっています。コンサートにて新しい生命を得、新しい経験をさせていただいているので生きていけるのです。今日は新しいという言葉について質問させていただきました。先生はいつも新たにコンサートをしてくださっていることをお聞きし、それ故に私も新しい生命を得ることができると、生命生きていけるようにはたらき続けてくださる先生がおられるので私も生きていけることに深い感謝の気持ちで一杯です。新しい経験をすることで変われるということもコンサートにて経験していますので、よくわかります。コンサートで新しい経験をさせていただくことは生き延びていくことなのです。あっという間に東北センターでの一日が終わりました。心身が満たされ、やる気が満ちています。東北の地のエネルギー、自然の生命のエネルギーを体で感じ、先生のお話をお聞き出来ますことは、なんという幸せでしょう。生命に溶け込むようにしお話が染み渡ります。素晴らしい経験をさせていただき、この経験も活かしていけるように活動します。ありがとうございます。