KEIKO KOMA Webサロン

省みる日


京都で表現された3日間の場の威力を
日に日に感じます。

今日は、母が長年手伝っている認知症・介護の会に久しぶりに参加し、自分自身のつきものが取れたかのような意識の変化を感じました。

臨床医として終末期医療全般に関わってこられた、大井玄先生のお話しをただただ聞きたくて参加したのですが、介護の現場で本当に苦しい日々を送ってらっしゃる方々のシェアの場でしたので、お茶やコーヒーを入れる役として参加しました。

大井先生は、90歳を越えられて、ご自身の認知力の低下を仰っしゃられながらも、15年以上ほぼ無償でこちらの会でお話しに来られていて、会が終わる頃には、張り詰めていた参加者の方がほぐれて帰られるというような存在で、ひとりの人間の存在していることの威力を目の当たりにする日でした。

京都での3日間を経てからだと、今日の大井先生のお話も以前と全く違って受け取れました。

認知症の定義が
「この世界を認識できない、時間や空間や関係性をつなげて認識する能力が落ちる」というご説明を聞いたとき、自分自身がそうじゃないかと身につまされ、こうもつづけられ、「超新星爆発から飛び散った物質が我々生命の源であり、ひとりひとりは宇宙の体現です。そのことを忘れないでください」と力強くおっしゃいました。

そして、「認知症には医療行為は何ひとついらない。薬、行動の抑制、指導など一切無効です。誰ひとり例外なく、“笑顔でいる”ことなんです」と仰っていました。

そうは言ったってと苦しまれている参加者の方にも、何度も念を押され

・何をしても怒らないこと
・責めないこと
・正そうとしないこと

笑えなくても笑っていなさい。
そしたら和むんです。これは科学的に証明できることなんですと断言されました。
笑いたくても笑えない気持ちも分かり、そして、この先生が長年現場で出された答えにもやさしさを感じ、同時に心から笑えるのはいだきしかないと感じてました。

私は、今日のこの会に参加して思ったことは、もう介護を必要とされる方とケアをされる方々だけの話ではないと分かり、ケアする側の緊張を強いている社会の環境が影響しますし、家族だけで介護をするのも限界、関係者の区切り方も限界、詰まるところ自分自身が接するすべての人に、やさしい場を、瞬間を、つくることだと思い至り反省しました。

自分自身が、日常生活を送る中で、
もうこんなにやってるのに無理だよと、恨み辛みが絶えず、コンサートで存在とひとつに包まれる経験をするのに何度も繰り返していました。

自分の世界への交渉力、調整力のなさに根を上げ、爆発してしまっていたなと大反省しました。この爆発が更なる関係の分断、感覚を閉じる元凶にまたなっていたことを本当に今日認められました。

そして、今日、頭のつきものがとれたように感じたことは、時間の制約を守るということを無条件に信仰していたということです。

大井先生が沖縄の例を出され、いくつになっても仕事をしている。その環境を調査され、時間についても触れられ、「期限に間に合わなくても絶対に怒らない。間に合うことを要求しない。間に合わなくても受け入れ、周りが何も言わずに補う。そして、和やかに、その人その人の一番核となる自尊心を傷つけないこと。そうしたら穏やかに暮らせるんです」と言われていて、私はこの時間や場の空気や調和を乱さないことへの緊張と、食らいつく根性のようなものが根強く、調整しつづけることができないので爆発する。その威力もすごく家族を痛めてきたと本当に今日は分かり、心からごめんなさいという気持ちになりました。

緊張して閉じているから、その状態では可能性を開けないのも分かり、ますます、いだきしん先生のコンサートや講座などで、存在とひとつになる経験をできる限りして、取り戻し、何度でも、諦めずに、生命のままに向かえる道をつくろうと思いました。

自分の生活すべて丁寧に心を尽くそうと、言葉は同じですが、今日のこの瞬間また心改まりました。これを一年でもやりつづけたら、本当に空間、空気が変わるかもしれないと、今日は本当にそう感じられて、この心境の変化が数日前までは考えられないことでしたので、本当に奇跡のようで不思議でなりません。

日本が戦争に舵を切らざるをえない状況になっても、柔らかく開いた人がひとりでも増えて、その一人ひとりが、それぞれ生きている場で、やさしい空間が広がっていけば、助かる生命は増えるかもしれないという気がしてきて、本当にやれることは目の前のことだと感じました。

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多賀城市文化センターにて
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北の地 美しい秋の日に恵まれました